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簔助師匠の引退(2) 

引退はなかなか難しいものです。どうしても「まだできる」と思いたくなりますから。余力を残して、と見える引退は、最近では越路太夫、嶋太夫あたりでしょうか。嶋師匠はご本人の意思ではなかったように承っていますので、そうなると越路師匠お一人とも言えそうです。
簔助師匠も、余力を残して、と言えるのかどうか、何とも難しいところです。やはりあの大病がありましたから、50代のころのあの華やかさと憂いを兼ね備えた人形は復帰された後はさすがに影をひそめたと思うのです。こういうことを書きますと、そんな失礼なことを言うな、というご意見も出てくると思うのですが、とにかくそれほどに50代のころの簔助師匠の人形は鬼気迫るようなすばらしいものでした。ご病気のあとはどうしても何かのはずみで動きに不自然さがある場合も少なくなかったと私には思えてなりません。たとえば、『廿四孝』の

    八重垣姫

では「十種香」のしっとりとした雰囲気のあと、「奥庭狐火」では左遣いも足遣いも一瞬の油断もできないほど華やかに、自在に動かれました。しかしその後、NHKの古典芸能鑑賞会で拝見した八重垣姫は、かなり動きを省いたものだったのです。
そうは言うものの、人形にこめる魂はますます深遠さを増して、動きの不足を補って余りあるような境地に到達なさったと思うのです。いつぞや拝見した『朝顔話』の「浜松小屋」で簔助師匠の朝顔、文雀師匠の浅香を拝見した時は、感動で震えたほどでした。簔助・文雀というと「千本の道行」で簔助師匠の静御前、文雀師匠の忠信というのもありましたが、どうも息が合わないような気がして消化不良だった覚えがあります。ところがこの「浜松小屋」は合うも合わないもなく、それぞれに人形の性根が実に明確にうかがえて、あの名人お二人の

    姿が消えた

ような気にすらなったのです。あんな感動的な「浜松小屋」があっただろうか、と思うほどの名演だったと今も信じています。
『生写朝顔話』のヒロインは、深雪時代の可憐な様子と、朝顔となってからのはかなくも一途な姿は下手をすると違った人物のように描いてしまいかねませんが、簔助師匠の朝顔はどの場面をとっても深雪であり朝顔でありつつ、同じ一人の人間であることが間違いなくうかがわれたものです。
『艶姿女舞衣』「酒屋」のお園は、あまりにもあのクドキが有名であるだけに、そこを思いきり派手に見せたくなるように思うのです。簔助師匠のお園は「今ごろは半七つあん」で行灯に手をやって、心の奥底でつぶやいているかのようです。あのクドキを聴いて親たちが感動するわけですから、実際は声に出しているのでしょうけれど、簔助師匠のお園はつぶやいているのか、声にならない声で思い詰めているだけなのか。私はどちらともいえない、ちょうどその間のように受け止めていました。

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