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改めて新作を思う(2) 

私は新作のことについて呂太夫さんの本にも書いたのですが、石割松太郎さんや武智鉄二さんなどは真っ向から新作を否定する立場でした。越路太夫師匠も「やはり古典でないと」とおっしゃっていました。
私も、古典として残るような新作はなかなかできるものではないと思います。山口廣一さんも、現代語や洋服はダメで、太棹三味線に合うものでなければならない、ということをおっしゃっていました。いまさら深刻な三段目風の悲劇を、あの義太夫節に合うような言葉を駆使して書けるような人がいるのか、というとかなり難しいと思うのです。そこで思うのは、鶴澤清介さんがおっしゃっていたように、

    喜劇的なもの

ならうまく行く可能性があるように思います。時代は過去に設定しても、現代の社会を諷刺するなど工夫を凝らせばおもしろいものができるかもしれません。今、繰り返し上演されている代表的なものと言えば、『夫婦善哉』『雪狐々姿湖』『瓜子姫とあまんじゃく』あたりでしょう。しかしこれに続くものはなかなかできません。わずかに小佐田定雄『かみなり太鼓』が再演され、井上ひさし『金壺親父恋達引』がテレビ上演に続いて舞台に上がったことが注目されるくらいです。
失敗もありうるだけに新作を作って上演しようという機運はあまり高まっていないかもしれませんが、若い人に訴えるためには、歌舞伎や能におくれを取るわけにはいかないのではないか、そんな危機感は持った方がいいように思います。
以前、夏休みの子ども向け演目で、親子の情愛の話だからいけるだろうというので『恋女房染分手綱』「重の井子別れ」を上演してさんざんだったことがあります。多くの子どもは意味が解らず、制作の勘違いだったと思うのです。
こんなことを言っていると、自縄自縛というか、身動きが取れなくなってきます。そこで逆転の発想で、「繰り返し上演することを意図しない企画」を立てるのはどうか、と思うのです。時代に迎合してもかまわないので若者に受けるような芝居、一発揚げたらあとは灰になる

    打ち上げ花火

のような演目があってもいいのではないか。そしてそれは40代以下くらいの若い技芸員さんばかりで上演するくらいでもいいと思います。お客さんも年輩の人を想定せず、学割で500円くらい、社会人でも年齢を証明するものを持ってくれば、30代までなら1000~1500円くらいで。失敗もけっこう、すべってもいい。でも一生懸命作る。若い作者にアイデアを出してもらう。舞台装置などは大げさなものはいらないと思います。そういうところにはお金をかけず、

    小劇場の芝居

のようなイメージで。
こういうことを言うと、文楽を何だと思ってるんだと言われそうです。そんなことは私だって百も承知です。だから何もしない、というのが問題だと思うのです。
昨今、上演時間があまり長くできないなどという事情もあって、技芸員さんをすべてうまく使いこなせないような状況になっているようです。それなら、本公演を劇場で上演しながら、小ホールで若手によるミニ公演の形で上演してもいい。文楽の公演は常に全員が出演しますが、それも絶対に守らねばならないルールではないと私は思っています。

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