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吉田簔二郎さん 

文楽東京公演が技芸員さんの感染により中止となり、結果的には16日が千秋楽ということになりました。文楽ファンは、公演中止を残念には思っても、誰もがこの技芸員さんの早期本復を願っています。

話は変わります。
文楽の吉田簔二郎さんとはさほど親しくお話したことはないのですが、やはり私が楽屋をうろちょろしていた頃は自然と挨拶をするようになり、世間話をすることもいくらかはありました。
私が少し関わった秋田県小坂町(こさかまち)の「康楽館」でおこなわれた文楽公演には簔助師匠や嶋太夫師匠が参加してくださったのですが、その関係で簔二郎さんもおいでくださいました。あの時は往路の飛行機が一緒になったり、現地でも旅館で少しお話したりすることがありました。それ以来、ご本人には申し上げたことはないと思うのですが、私は心の中では「二郎さん」とお呼びしていて、また文楽ファンの集まりの時には口にすることもあるはずです。
簔二郎さんは国立劇場の文楽研修生から簔助師匠に入門され、熱心に芸に打ち込んでこられました。立役なら二枚目系、女形は老女形が映る方だと思います。

    小手が利く

という言い方がありますが、二郎さんはまさにそんな感じで、しっとりとした女形でも繊細な動きがあると思います。滑稽という意味ではなくて、「おもしろい」人形を遣われます。その一方で、チャリなどをなさってもおもしろく、お福首の人形はとても楽しいものですし、私はこの人に「笑ひ薬」の祐仙を遣ってほしいと思うことがあります。
鑑賞教室では「尼崎」の操とか、「寺子屋」の千代とか、すでに大役をこなしていらっしゃり、この六月も「平太郎住家」のお柳を遣われます。
本公演でも私がこれまでに拝見した演技では『妹背山婦女庭訓』「芝六住家」の

    女房お雉

が一番よかったと思います。しっかりとした女房であり母であるこの人の哀しみを例によってしっかり動きつつも無駄なく表現された演技でした。今、女形では和生さん、勘十郎さんがトップにいらして、清十郎、簔二郎、勘彌という世代が続きます。
ひとつ不満があるとすれば、お名前なのです。簔助門下では簔太郎さんに次ぐので簔二郎と名付けられたのだと思うのですが、おとうと弟子に簔一郎さんがいらっしゃって、お名前だけを拝見したら一郎さんの方が兄弟子っぽく見えてしまいます。それだけの理由ではなく、これだけの技を持っている人なので(ご本人は愛着をお持ちかも知れませんが)「簔二郎」の名前はもう小さすぎるのではないかと思えてしまうのです。

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