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もし「成功」したら 

子どものころ、オリンピックは「平和の祭典」だと教わりました。アマチュアの人たちが「勝利」ではなく「集う」ことに意義があるものだとも言われていました。超人的な力を持った選手ばかりでなく、けた外れに弱い選手も必ず出場していて、たとえば長距離のトラックレース(1万mなど)だったら何週も遅れてゴールする人もいました(今も少しはいるでしょう)。それもまたオリンピックの楽しさだと思いました。
しかし、メキシコオリンピックを前に亡くなった円谷さんというマラソン選手の苦悩を知った時、選手には「日の丸を背負う」とか「国を代表して」という重圧がかかるのだと、驚きをもって理解したのでした。
さらにそのうちに政治が絡み、お金が絡み、なんだか変だぞと思っていると、ミュンヘンオリンピックでは悲惨な

    テロ事件

が起こり、モスクワオリンピックでは西側の多くの国がボイコットしました。
プロ選手が出場するようになり、アマチュア選手も強化、勝利のために多額のお金が支払われるようになり、マラソンでは「日本記録を出したら1億円」という報奨金が出たこともありました。
私は次第にそんなオリンピックがおもしろくなくなり、このブログに何度か書いたのですが、国民的人気のあった柔道選手が金メダルを取った瞬間に相手選手を踏み越えるようにして歓喜したのを見たとき、一気に

    熱が冷めてしまった

のでした。
前回のリオデジャネイロはまったく観ませんでしたし、平昌は女子500メートルスピードスケートの小平さんだけ、たまたまテレビがついていたので観たくらいです。
今年の東京が強行されようとしています。それでなくても関心の薄い私は、もし実施されたとしても、テレビはもちろん、新聞もネットも、一切観るまいと思っています。
推進派の人からは「あなた一人ぐらい何の影響もありませんからどうぞご勝手に」と言われるでしょう。たしかに、何の力もない私が蟷螂の斧よろしくつまらない抵抗をしたところで意味がないことはよくわかっています。でも、もし強行されてテレビや新聞が大騒ぎして、それに乗せられるように「やっぱりオリンピックを実施してよかった」「ニッポン万歳」「コロナに打ち勝った」という世論が沸き上がるとするなら、私はなんだか空恐ろしいものを感じないわけにはいかないのです。
今やオリンピックは

    金と権力の祭典

になってしまいました。もし東京が「成功」しようものなら、そのありかたを見直す機会が失われそうで、私はそこをとても危惧しています。
私はもともと、今回のオリンピックには反対でした。真夏の東京で開催するなんてまともな神経ではないとすら思いましたし、「復興五輪」などという当時の総理大臣の詭弁が腹立たしくて仕方がなかったのです。そこにこのウイルスのパンデミックが起こり、何とかこれをきっかけに権力者(IOCや政治家など)が立ち止まってくれることを願っていました。
そんな願いはやはり虚しいものに終わるのか、と残念でなりません。

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