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曙の春 

『枕草子』を講座で読んだのはこのウイルスが騒動になるまでの2年間でした。それまで私は何度か通読しているのですが、すべての段がおもしろいとは思わなかったのです。しかし細かく読んでみると、どの段もなにがしかのおもしろさがあって、いろいろ想像をめぐらすことができました。『紫式部日記』もそうなのですが、こういう内輪話を多く含む作品は、当時の貴族にはよくわかったでしょうが、現代人にとってはやはり解説してもらわないとわからないことがあると思います。ただ、私の立場は解説する方ですので、それなりに勉強しなければならず、かなり悪戦苦闘しました(笑)。しかし、先人の研究業績を読んで行くにつれて、それらに導かれつつ史料を駆使することで何とかお話しできるところまでは持って行けたかな、と思っています。
『枕草子』で、多くの人が暗記している一節というと

    春は曙

でしょう。このあとは「やうやうしろくなりゆくやまぎはすこしあかりてむらさきだちたるくものほそくたなびきたる」と続きます。ところで、この文はどこで切るのかによって解釈が分かれます。一般的には「やうやう白くなりゆく山際少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる」と読まれ、私も高校時代にはそのように習いました。次第に白んでいく山際が少し明るくなって紫がかった雲が細くたなびいているところ」というような意味です。しかし、文章の構造から言えば、「白くなりゆく」「紫だちたる」で切ることもできるのです。「春は曙」と言っておいて「次第に白んでくるところ」「山際が少し明るくなって紫がかったところ」「雲が細くたなびいているところ」と三つの情景を並べているとみるわけです。「紫だちたる」が「雲」を修飾するかどうかでかなり印象が変わってきます。いずれにせよ、高校の授業で習ったことが唯一の正しい解釈というわけではなく、さらに考察すれば別の理解もできることがあります。こんなお話などをしてみると、受講者の方は「ほう」というお顔をなさいます。
ところで、この「春は曙」の「春」というのはどういう季節感なのでしょうか。現代人は「春」といえば3月から5月のイメージで、特に桜の季節を思い浮かべるでしょう。ですから、「春は曙」というのは、ポカポカと暖かい、桜の咲くころに次第に夜が明けていく頃が魅力的だと清少納言が言っている、と受け止められがちだと思います。しかし、当時の「春」は旧暦の一月から三月、言い換えると

    睦月から弥生

で、今の暦なら2月から4月頃にあたります。氷がとけるかどうかという時期から、やっと暖かくなったころまで。藤の花が咲く頃は春の終わりです。やはり一か月くらいは季節を戻して理解しないといけないでしょうね。曙は夜が白々とし始める頃ですから、何か新しいことが始まるような感覚があります。新年になって、少しずつ冬の暗さが晴れていくような、そんな季節感で清少納言は書いたのかもしれません。

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