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こんなにもわからないのか 

3月19日の大槻能楽堂での催しでは、かなり大きなショックを受けました。
狂言「仏師」と仕舞「笠之段」はしっかり予習していきましたので、それなりにわかったような気がしますし、おもしろいとも思いました。問題は文楽『艶姿女舞衣』「お園のクドキ」でした。
豊竹呂太夫、鶴澤友之助、桐竹勘十郎というメンバーですから、悪かろうはずはありません。ところが私はあまりおもしろいと思わなかったのです。
床については、私の場合はもうイメージだけで受けとめるわけですから、何もわからないのは先刻分かっていたことです。しかし人形なら感じるところはあるはず、と思って観ていました。文楽の舞台と違う、という問題はありました。緩やかに傾斜する客席(見所)からはやや見下ろす形になります。また、主遣いは船底がない舞台ということもあって下駄を履きませんので、人形はかなり低く見えます。左遣いはいつもより低い位置で差し金を持ちます。足遣いは膝をついたり腰をかなりかがめて移動したりします。そういう問題もあったとは思うのですが、お園の哀しみに

    胸を衝かれる

ような瞬間がありませんでした。私は8列目にいたのですが、勘十郎さんの人形がとても小さく見えました。もちろん、団七や光秀ではないのですからむやみに大きく見える必要はありません。しかし、何やら人形が縮こまったような印象を持ちました。やはりアングルの問題だろうか、と責任転嫁していたのですが、後日いろいろな人の感想をSNSで見るとまったく悪評は見えないのです。それどころか、絶賛する声が多く、天下の勘十郎さんの演技ですから、どう考えてもそういう方々の意見の方が普通でしょう。やはり私にはもう人形浄瑠璃を楽しむことができなくなったのかもしれない、という不安がふつふつと湧いてきました。
それが尾を引いたのか、「魔王」でも人形がおもしろいと思えませんでした。勘十郎さんはご自分で馬の人形をお作りになって人形がそれに乗るような形で演じられたのですが、それがどうにもぎこちなく感じられ、そのために父親がわが子を案じる

    切羽詰まった気持ち

が伝わってきませんでした。もちろん義太夫でそれは表現されているはずですからそれを理解できない私に責任があるのでしょう。しかし責任なんてどちらもいいので、要するに私と文楽をかろうじてつなぎとめていてくれた人形の魅力がもうわからなくなっているのだという点に大きなショックを受けたのです。
公演が終わると、能楽堂の外は雨でした。春の冷たい雨でした。

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コメント

藤十郎さん

私も他の人が感銘を受けた、歴史的名演とまでいっている舞台を生で聴いていながらあまりピンと来ず、ショックだったことがあります。

睡眠負債が重なっていたので、そのせいで感受性のアンテナが弱っていたのではと残念に思います。

藤十郎さんも何かお心当たりのことはないでしょうか?

♬如月さん

いやぁ、あの日はおめめぱっちりでしたから(笑)。
やはり限界かな、という気がしています。

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