fc2ブログ

花橘 

旧暦四月は初夏ですが、その時期にはほととぎすの声がそろそろ聞こえるとされました。初夏から盛夏(旧暦五月)の景物としてはほととぎすと橘の花がよく知られます。そもそもこの時期は梅雨(五月雨)のために、あまり和歌の題材になるようなおもしろいものが多くないのです。
『古今和歌集』に「さつき待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」というよみびと知らずの歌があります。皐月を待って咲く花橘の香をかぐと、昔親しかった人の袖の香がする、というのです。この歌はその後の時代の人たちにとても広く知られるようになり、「橘の香」というと、それだけで「昔の人」が連想されるようになりました。私のようなものでも、すぐにわかるほどです。古典文学のお話をするときなど、「こういうことを覚えておかれると、いろんなところで解釈の役に立ちますよ」とお話することがあります。こういう歌はほかにもいろいろあります。ことばの力、和歌の力というのはなかなか大きいのです。
ところで「花橘」という言葉なのですが、これは「橘の花」とどう違うのでしょうか。「花橘」のようにいうとき、それは「花の命の循環にもとづいた花の見方」だ、と『万葉集』の研究で知られる

    中西進氏

がおっしゃっています。つまり、芽が出ている時期、蕾の時期、枯れた時期などがある中で、「花の時期」をさしているのだ、ということです。中西氏はさらに「昔の日本人は、つねに植物の全生命が頭にあり、その一時の状態として花を見ていた」とおっしゃいます。
花が咲く時だけ大事にされて、それが終わるとポイ捨てされるのが現代の花だ、と哀しむ中西氏は、芭蕉が門人服部土芳と久しぶりに会った時に作った「命ふたつの中に生きたる桜かな」を取り上げて、芭蕉と土芳の二つの命を分担するかのように桜が咲いていると見るのです。
現代は

    科学万能

の時代と言われます。しかし古代の人は自然をお手本にしてそれに順応しつつ、その自然のサイクルに命を重ねる。中西氏はさらに世阿弥の「秘すれば花なり」を取り上げて、「ほんとうの命の盛りは、華々しいだけの、むだ花のような姿は見せないものだという考え方」に共鳴されます。
私はあまり目立った花を咲かせないままにもうすでに枯れつつあると自ら認めるのですが、さりとてどこかに「秘すれば花」にあたるものが備わっているだろうか、と考えるとこれまた虚しい感じがしてなりません。

にほんブログ村 演劇・ダンスブログへ
にほんブログ村
↑応援お願いします
KatayamaGoをフォローしましょう

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/6077-9e1f6414