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十三代目市川團十郎白猿 

10月31日と11月1日の「十三代目市川團十郎白猿襲名披露記念 歌舞伎座特別公演」に続いて、今日から東京東銀座の歌舞伎座で「十三代目 市川團十郎白猿襲名披露 十一月吉例顔見世大歌舞伎」が「八代目 市川新之助初舞台」のお披露目とともにおこなわれます。
劇場はこの2年あまり客の入りが滞り、松竹としては、このあたりで何としても起死回生の一打を放ちたいところでしょう。仮に2年前に襲名披露をしていたら、せっかくのドル箱が(蔓延防止のため)半分を空席にせざるを得ないという状況でした。それだけに、満を持してというか、全席の販売が可能になる時期を待って、2カ月連続大入り満員を狙って開催することにしたのでしょう。伝統の継承と共に利潤追求を無視できない興行会社としては当然の考え方だと思います。
私は十一代目團十郎の舞台を知りませんし、亡くなった時(1965年)のことも記憶にありません。まだ小学生でしたので歌舞伎にほとんど興味がなかったからでしょう。私が最初に知った歌舞伎役者は子どものころにテレビに出ていた中村鴈治郎(二代目)か片岡仁左衛門(十三代目)か、江戸なら尾上松緑(二代目)あたりだろうと思います。
そして、十二代目が襲名する(1985年)までは、團十郎の名前は空白期間だったわけですから、何となく坂田藤十郎と同じように「歴史上の人物」の名前のようで、あまりなじみはなかったとも言えそうです。もう少し上の世代の人なら十一代目をご存じでしょうし、もう少し下の世代なら十二代目の「海老様」時代をあまり記憶にとどめていらっしゃらないことでしょうけれども。
十二代目が新之助時代に、尾上菊之助(現菊五郎)、尾上辰之助(三代目松緑を追贈)とともに

    三之助

と呼ばれていた(新之助の海老蔵襲名は1969年)のはほんのわずかに記憶がありますが、江戸の人でもありますからやはりあまり関心はなかったように思います。
さて、十三代目です。週刊誌やワイドショーに追われるほど何かとお騒がせな人ですし、最近は歌舞伎なのか何なのかわからないことに「挑戦」し続けているとも言われ、大名跡に「ふさわしくない」という声がかまびすしく聞こえてきます。
しかし、代々の團十郎の中にも名人もいればさほどではなかった人もいるわけですし、歌舞伎が世襲を守っている以上、この人以外に團十郎を名乗れる人はいないのでし、まさか次世代まで放置することもできないでしょうから、どうしようもないでしょう。
歌舞伎ファンの人の反応を見ても、新團十郎を絶賛する人あり、まるで相手にしない人もありで、最近流行の

    世論を二分する

状況になっているようです。
私はもう歌舞伎の舞台を観ることは不可能ですのでどちらに与する気持ちもないのですが、せっかくこういう家に生まれ、背も高く(176㎝だとか)親から引き継いだ立派な容貌を持っているのに、何だかもったいないな、という気がしてなりません。お山の大将でいたいのかもしれませんが、三十代のころから先輩役者に揉まれるのではなく「海老蔵歌舞伎」のようなものに軸を置きすぎたのはいかがなものだったのでしょうか。
ほとんどの若者は歌舞伎役者といってもテレビに出る人しか知らないので、舞台中心の仁左衛門は知らなくても、息子さんと一緒にテレビに出ている新團十郎はよく知っています。その人が襲名すると言ったら好意を持って見られるでしょうし、そもそも新團十郎には歌舞伎の愛好家でもコアなというか熱狂的なファンがいらっしゃいますから、襲名披露は好評裡に進むかもしれません。チケットは高額ですが、おそらくそれなりに売れているのでしょう。
しかし、だからと言って新團十郎の前途は明るいかどうかはわかりません。なるほど歌舞伎も時代に応じて変化することはあり得ると思います。当初はさほどドラマ性の強いものではなかった歌舞伎を劇作者たちがその性格の色濃いものに変え、人形浄瑠璃からの移入も増え、一方役者も工夫を重ねていろいろな型を作ったりしました。近代でも『元禄忠臣蔵』や『ぢいさんばあさん』のような作品が生まれています。江戸時代の古典がすべてではありません。新團十郎はそれの延長としてスペクタクル性の強い「アニメの歌舞伎化」のような仕事をしているという意識なのでしょうか。若者に訴えるためには何でもするということなのでしょうか。團十郎の名を継いだものとしてこれまでと変わらない舞台を続ける場合、歌舞伎を愛する人たちはどういう反応をするのでしょうか。
もはや門外漢となった私はぼんやりと眺めていようと思います。

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コメント

一声二顔三姿

「一声二顔三姿」。歌舞伎役者の素養を示すものですが、新團十郎はいずれも先代より素養があると思います。
先代のお父さんは声がこもりさらに高音が出にくい声質でした。それでも文楽の住太夫師匠に義太夫節を教わるなど努力をされました。
新團十郎。そのあたりの基礎が欠けていてせっかくの素養が磨かれないまま今日にいたったように見受けます。
とてももったいないことですが、こればかりはご本人の自覚次第ですのでいたしかたありません。

🎵やたけたの熊さん

私は先代もあまり知らないのですが、何を言っているのかわからないことがありました。
当代には、義太夫狂言への精進もして欲しいと思っています。

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