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紅葉がしみる 

若いころは紅葉なんてあまり関心はありませんでした。だいたい植物に関心が薄くて、桜でも特に観たいと思ったことはありませんでした。まして草花なんておよそ視野に入らず、花の名前もまったく知りませんでした。
秋の七草なんて、全部言えたわけでもなく、ただ和歌を勉強していましたので、萩と言えばこういうもの、女郎花はどんなふうに詠まれるのか、などあくまで机上の勉強の材料にしか過ぎなかったように思います。
絵を観ても、風景がなんてあまり興味がなく、桜を描く日本画でも「ふ~ん」という程度で終わっていたかもしれません。
しかし最近はあらゆる植物が美しく見えます。

    三十年早く

この美しさに気付いていれば人生が豊かだっただろうな、と思います。
古来、晩秋から初冬にかけては紅葉が愛されて、時雨が降ることで色が変わる、というロマンティックな考え方もあったようです。
  初時雨降れば山辺ぞ思ほゆる
    いづれの方かまづもみづらむ
(後撰集・よみびと知らず)
初時雨が降ると山辺のことが思われる。どのあたりがまず紅葉するのだろうかと。時雨が紅葉と結びつけられています。
こういう歌を読んでも、学生のころの私はただ頭で理解するだけで、ほんとうの紅葉の美しさを実感するに至っていなかったのだと思います。情けない話です。
この15年くらいでしょうか、四季を彩る植物がとてもいとおしくなってきました。それは、私が音の美しさを理解できなくなったことと無縁ではないと思います。
素通りしていたところで立ち止まる機会が最近とみに増えています。それは金木犀の香りだったり、カワラナデシコの一輪であったり、さまざまな植物に心惹かれるようになったからでしょう。
そして紅葉もこの時期の大いなる楽しみになりました。「紅葉」と書きますが、実際は黄色く色づくものもあって、さらには常緑樹もあるわけですから、まさに

    もみじの錦

なのです。今年も十月の終わりごろから徐々に色づいていく木の葉を見ながら時の移り変わりを味わっていました。その色は身にしみるように迫ってきます。
もうひとつ私が植物に関心を持つようになった理由としては最近また始めた短歌の影響があると思います。短歌を詠もうと思って公園に行くと、そこに集う人たちとともに植物が歌を詠ませてくれるからです。
十一月に詠んだ歌を少し書き留めておきます。
虫喰らふ桜わくら葉汝(なれ)もまた
もみづることのなき生(よ)なりしか
早朝の陽にかがよへる緑葉は
金色帯びて濃くも淡くも
ぶらんこに乗りたきことのある夕べ
さりとて座板はさらに冷たし

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コメント

歌を通じて自然の美しさを楽しまれて素敵ですね。だからお散歩もお好きなのかもしれませんね。

一つ一つの花に心を置くのは、だらだらとスマホに依存して抜け出せないのと対極的だなあと思います。

如月さん

歩けば見えるものがありますね。いつもそう思って歩いています。
歌を詠むのは四季への挨拶のように感じます。

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