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実学が大事? 

世の中が窮屈になってきて、今すぐ役に立たないような勉強はしても無駄だと言わんばかりの風潮になっています。しかしノーベル賞の受賞者を見ても、評価されるのは何十年も先ということが珍しくないのです。それをわきまえずに今すぐ成果を出せというのは見識のある人の考え方とは思えません。
声の大きい人がそういうことを言うと、すぐそれに乗ってしまうのが、いい方は悪いかもしれませんが、「役人根性」(もっと失礼に言うなら「小役人根性」)とでもいうか、指示してくる方を見て行動するタイプの人たちだと思います。実際にどうすればよき教育ができるのかがあとまわしになっていないでしょうか。
当事者の方にこんなことを申し上げたらきっとお怒りになるでしょうが、私はやはり間違っていると思います。
私の知っている人で、大阪の府立高校で年に一度(二日間)着物の着付けの講師をなさっていた方がいらっしゃいます。
府立高校の授業の枠内で、

    お茶と着付け

を実施していたのだそうで、とても珍しく、おそらく生徒さんも楽しみにしていたのではないかと思います。高校時代に一番楽しかった授業は何ですか、と聞いたら、きっとこの授業の名前が挙がるだろうと想像しています。事実、この講師の方ご自身も「生徒さんはとても喜んでくれました」とおっしゃっていました。人柄のすばらしい方ですので私のように憎まれ口はおっしゃらず、もう諦められたようですが、残念に思っていらっしゃるだろうと拝察しています。着付けのみならず、茶道もとてもいい教育手段で、品格教育として大切にすべきだと思うのですがほんとうにもったいないことです。
教育というのは、突き詰めて言えば文化の伝承です。多様な文化を教育者の見識と学生、生徒、児童らの興味関心を見極めながらうまく伝えることが必要だと思います。けっして機械にプログラムをたたき込むことと同じではないのです。「よそがやっていないことをするのは間違っている」とでも思っていらっしゃるのではないかと勘繰りたくさえなってしまいます。独自性とか特徴というのを怖がり、横並びを好むのはいかがなものでしょうか。
結局、この茶道と着付けの時間は

    簿記

になるのだそうです。簿記を学ぶこと自体に文句はありませんが、やはりここにも「すぐに役に立つ」ことを重視する意識が見え隠れするのが気になります。国語の時間に小説などは教えなくてもかまわない、というのも根は同じでしょう。私は学生に敬語の正しい使い方という「すぐに役立つ」話をしつつ、「何の役にも立たない」と思われがちな『源氏物語』や『竹取物語』の魅力を伝える授業をしてきました。この両輪がうまく回転してこそ教育に幅ができると思います。

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