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怒らず切れる 

海外から日本に来た人は、当然ながら文化の違いに驚きます。彼らの多くは都会を歩いていても街がきれいなのにびっくりするそうです。そして意外なことに「ゴミ箱がない」ことも不思議なのだそうです。「ゴミ箱がないのに、なぜ街がきれいなのか」という驚きです。ずいぶん昔の話ですが、カップヌードルというのが世に出たとき、歩行者天国でカップヌードルを食べながら歩く(お湯はどこで調達したんだ?)外国の人がCMに登場したことがありました。もしほんとうにあんなものを食べながら歩くのであれば、なるほどゴミ箱が至る所にないと困るでしょうね。私のような者でも「物を食べながら歩くのは品がない」「電車の中で物を食べるのはやめなさい」と言われてきただけにあちらの人の発想には、逆にカルチャーショックを受けます。
外国の人がもうひとつ口を揃えておっしゃるのは、日本人の親切なことです。「道に迷ったりして困っていると『どうしたのか』と尋ねてくれて、親切に教えてもらったり案内してもらったりした」「(たとえばコンビニの)店員さんがあまりにも親切なので驚いた」などとたいていの人が言います。私などは不愛想な人がいるな、と思うこともあるのですが、海外ではむしろそれが普通で、ニコニコと対応してくれる(最近の言葉で言うと「神対応」)人がいると驚くのでしょうか。これも文化の違いですね。
さらに彼らはこんなこともしばしば言います。

    「日本人は怒らない」

もちろんそんなことはないのですが、彼らの常識からいうなら穏やかで温かく包容力があってけっして怒らない、と感じられるのだそうです。「イツモシズカニワラツテヰル」という宮沢賢治の理想そのものが日本人の特徴だと思われているのかもしれません。クレーマーはかなりいると思うのですけどね。
しかし冷静に考えてみると、海外の人は確かに意思がはっきりしていて、意見の主張が明確で、対立する者には攻撃的なことを言う(ときには行動する)のが当然と考えているふしがあります。その点この国の人は何となく

    周りに合わせる

感じが強くて、出る杭は打たれるとばかりにはっきりものを言わない、主張しない性癖があるのかもしれません。ただ、かなり我慢するために、堪忍袋の緒が切れると「キレる」ということになるのかな、と思います。「一揆」という行為は耐えがたきを耐えてきた人たちの爆発だったように思えますし、塩冶判官はもう少し早く怒っていれば家来たちを巻き込む悲劇を起こさずに済んだかもしれません。適当にガスを抜くというか、小さく怒っておけば「キレる」ことは少なくて済むということなのですが、そういう器用なことができる人は少ないのでしょうか。私もそういうところがありますし、日本人の気質として同じような面があるために『忠臣蔵』のような芝居はおもしろがられるのでしょうか。

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