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阪神よう勝つな 

かなり前のことですが、三代目桂米朝師がテレビでちょっと珍しい落語をなさいました。人間国宝になられたときの記念だったのかもしれませんがやや記憶があやふやです。このネタは、内容はたわいないのですが、人間の心の弱さや動揺をうまく描いていらっしゃいました。「馬の尾」という噺でした。

ある男が釣りに行くのにテグス(釣り糸)がないことに気付き、ちょうど馬がつながれていたので、その尾をテグス代わりに使おうとして抜いたのです。そこに通りかかった男の友だちが「おまえ、今、馬の尾を抜いたな。なんちゅうことすんねん。わしゃ知らんで」とわけありげなことを言います。男は気になって「馬の尾ォ、抜いたらどないなんねん」と聞くのですが、答えてくれません。「どうしても教えてくれ」というと、

    「酒を二合

飲ませてくれたら教える」と言います。やむを得ず酒を出して「さあ教えてくれ」というのですが、友だちはあわてるなとばかりにのんびり酒を飲んで無駄話をします。そして飲み終わったのでもう一度「馬の尾ォ抜いたらどうなんねん」と聞くと、「あんなぁ」「ふん」「馬の尾ォ抜いたらな」「ふん」「馬が痛がる」。

これだけの話なのです。これをどのようにおもしろく語られたかというと、ちょっとしたことで優越感に浸っている強気な男とそれに反して不安に苛まれる男のコントラストを描きつつ、この友だちの無駄話でうまく笑いを誘われるのです。イライラする男を翻弄するようにわざとくだらない話を続けるのが、「話術とはこれなり」という米朝師匠の真骨頂でした。
米朝師匠は『地獄八景亡者戯』でも実にナンセンスなギャグをちりばめていらっしゃいましたが、このネタで一番受けたギャグも秀逸なナンセンスさでした。話が佳境に入ったころに「なあ、馬の尾ォ抜いたら・・」と食い下がる男に対して、酒をあおったかと思うと、

    阪神、よう負けるな

とおっしゃったのでした。客席はほんの一瞬「今のはなんだ」と時間が止まったようになったのですが、次の瞬間爆笑が起こり、その笑いがしばらく止まりませんでした。馬の尾をテグスにするなんて、どう考えても前時代です。そこにその当時連敗ばかりしていた阪神タイガーズの(関西人にとっては)自虐的なネタを入れられたものですから、大うけだったわけです。あの演目でよくもあそこまで笑わせるものだと感心しました。あの意外性とタイミングの良さは明らかに枝雀さんと同じで、普通に考えたら米朝師匠から枝雀さんに伝わったのでしょうが、枝雀さんの息を米朝師匠が取られたのではないかと私には感じられました。米朝師匠ならそれくらいのことはなさりかねないと思います。
それにしても、今年の阪神、よう勝つなぁ。

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コメント

さっそく自分が持っている音源を探したのですが「馬」がつくのは「馬の田楽」だけでした。残念! 味噌樽をつけたまま繋いでおいた自分の馬が、用事をしている間にいなくなり、それを探す馬子の話でした。そのなかで、子供たちが馬の尾をテグスにするのに数本抜き、そのせいでゆるく繋いでおいた馬がどこかに行ってしまうというくだりがありました。
 米朝つながりでいうと・・・藤十郎さんのブログを遡って少しずつ拝読していたところ、森西真弓さんという方のお名前に言及なさっていたので、さっそく『上方芸能の魅惑』という本を入手、米朝のところを読んでいます。米朝の落語が活字となっていることなどもを初めて知りました。藤十郎さんのご紹介のおかげです!ありがとうございました。

おみつさん

米朝師匠が「馬の尾」をなさったとき、お弟子さんの枝雀さんが「私、(この演目を)知りません」とおっしゃっていました。小品ですので落語会ではあまりなさらないかもしれません。
森西さんは畏友です。彼女に言われて私は文楽評という仕事をさせられました。大学教授(大阪樟蔭女子大)を退職されて今はゆっくりなさっているようです。文楽の先代玉男師匠、狂言の先代千作さん、そして米朝師匠にはずいぶんかわいがられていらっしやいました。

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