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若太夫の復活(3) 

英太夫さんは、七十歳の時に六代目豊竹呂太夫を襲名されましたが、これは七代目竹本住太夫師匠のお勧めがあったからのようです。住師匠というと、厳しい稽古で知られ、英さんも相当あれこれ言われたとおっしゃっていました。しかし住師匠のいいところは、けなすだけではなく、稽古をつける太夫さんの将来もしっかり案じていらっしゃったことです。例えば今の藤太夫さん(当時文字久太夫)には「十代目竹本文字太夫を継いでもよい」とおっしゃっていたそうですし、英さんには「若太夫、継ぐんやろ」とも励まされたそうです。
その住師匠が英さんに「呂太夫を継げ」とおっしゃったのは、いったん呂太夫になって、覚悟を決めて若太夫になれという意図がおありだったのではないか、いや、これも私の推測に過ぎません。
嶋太夫さんは人間国宝にもなられてもうひと花、というところで、いろんな事情で引退なさいました。まだ現役でも十分活躍できるはずのお力でしたが・・。私は、個人的に嶋師匠にはいろいろお世話になりましたので、あのときはほんとうにがっかりしました。
五代目呂太夫さんは前述のように若くして亡くなりました。この時のショックも大きかったことを覚えています。あとになって今の呂太夫さんから亡くなる直前のお話をうかがった時は、五代目の壮絶なまでの義太夫節への執念を感じたものです。
こうなったら、もう十代目豊竹若太夫のあとを継げるのは

    一人だけ

になったと言えるでしょう。もちろん今の呂太夫さんです。若太夫の名は文楽のしきたりとして遺族である今の呂太夫さんが持っていらっしゃいます。呂太夫さんのご子息は別の道をお進みですからまずは呂太夫さんが継がれないと、この名前は宙に浮いてしまうというか、金輪際誰も名乗れなくなってしまいかねません。その意味でも、何としても呂太夫さんに跡を継いでいただかねばならないのです。もちろん、孫というだけではダメです。しかし呂太夫さんは円熟されて味わいを深め、押しも押されもせぬ

    切語り

にも昇進されました。お弟子さんも希太夫、亘太夫、薫太夫に加えて、嶋太夫門下の芳穂太夫、住太夫門下の小住太夫が加わっていらっしゃいます。呂秀さんを筆頭に女流義太夫にも人材を送り出されました。昔、C型肝炎をなさったそうですが、それは神様の力(!)で克服され、今はとてもお元気で、まだまだ現役としてご活躍になることは疑いありません。
それでも、年齢はもう七十六歳になられました。実は、私は今年の年賀状で呂太夫さんに「喜寿をお迎えになる来年、襲名してくださいね」という意味のことを書きました。私ごときが申すまでもなく、周囲からいろいろお勧めもあったと思います。
この五月に、晴れて呂太夫さんが若太夫の十一代目をお継ぎになることが発表されました。来年四月、まさに呂太夫さんが七十七歳になられるときに襲名されるそうです。演目はやはり「合邦」なのでしょうか。
これでまず十一代目ができます。どうか、呂太夫さんのお弟子さんの中から十二代目を継げるだけの方が出てきますように、それを合わせて祈りつつこの慶事に拍手を送ります。

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