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処世の秘訣は朦朧たるに在り 

東洋のルソーと言えば思想家、政治家の中江兆民(1847~1901)です。土佐の足軽出身でフランス語を学び、岩倉使節団に参加しました。最初の衆議院議員選挙に当選しましたが、すぐに辞職するなど、ひとつの道を進むタイプではない、かなり個性の強い人物だったようです。
6月9日の朝日新聞朝刊「折々のことば」で鷲田清一氏はその中江兆民の言葉を紹介していらっしゃいました。
兆民の書生に大逆事件で刑死した

    幸徳秋水(1871~1911)

がいます。この人も高知の出身で、東京で同郷の先輩である兆民の門弟になったのです。兆民はあるとき、この若い書生のあまりに厭世的な面を案じて、こんなことを言ったそうです。

  処世の秘訣は朦朧たるに在り。
  汝義理明白に過ぐ。宜しく春藹
  の二字を以て号と為せ。

この言葉は幸徳秋水『兆民先生』(岩波文庫所収)に書かれているとのことで、私はこのたび初めて読んでみました。
「おまえさんは何でもかんでも義とか理とかをはっきりさせないと気が済まないようだが、世の中を渡っていく秘訣はぼんやりとしたところにあるのだ。「春藹」(しゅんあい)の二文字を号としなさい」ということなのでしょう。「藹」はおだやかで心が和む様子を意味しますので、春のぼんやりと穏やかな風情を号にして、あまり深刻にならずに心を穏やかに持ちなさい、というのですね。弟子を思いやる気持ちがよくわかります。
ところがこの若者は「朦朧なんていやです」と受け取らなかったのです。すると兆民は「では『秋水』を号にしなさい」と言ったのだそうです。「春藹」などとは似ても似つかぬ人物であることがわかっていた兆民は結局諦めたようにしてこの人にもっともふさわしい号を与えたのです。
富山市に「秋水美術館」があります。といっても幸徳秋水とは関係なく、日本刀の美術館なのです。つまり「秋水」とは

    研ぎ澄まされた日本刀

のことを言うのです。しかもこの号は兆民自身がかつて用いていたもので、彼はこの弟子にどこか自分と似たものを感じ取っていたのでしょう。
ところで、この「処世の秘訣は」云々という兆民の言葉は、私にとってはどうにも耳が痛いです。世の中をうまくわたっていくためには、ぼんやりとしていたほうがいいんだよ、というのは私にもわかるような気がします。そうやってうまく生きている人を何人も見てきたことも事実です。一方、あまりにもこだわりが強いと人から嫌われて結局はうまくいかないのでしょう。
ただ、器用に生きられない人間はいつもいるのです。私もこだわりは強く、妥協することを知らず、間違いは間違いと言わねば気が済まないのです。だから人から嫌われもしますし、ごまかそう、逃げようとする権力には「秋水」を振り回してでも立ち向かおうとさえしてしまいます。
兆民先生に出会っていたらやはり「春藹」と号しなさいと言われたかもしれません。でもやはりお断りしただろうと思います。

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