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野中観音 

なかなか進まないのですが、『迎駕籠死期茜染』を読んでいます。この作品が歌舞伎ではなく浄瑠璃として今わずかに残っているのは、明日からあらすじを書く「聚楽町」の段です。文楽ではとんと上演がありませんが、女義さんが時々演奏されているようです。
この中で梅の由兵衛の妻小梅の弟である丁稚の長吉が姉夫婦に金を工面しようとして奉公先から七十両を盗んできたと告白します。義兄由兵衛に斬られた後のことです。そして長吉は、姉にその金を渡して、自分は自害するつもりであったことも伝えるのです。
彼が考えた自害の方法は「こばせ」の

    野中の井戸

に身を投げることでした。
恥ずかしながら、私はこの「野中」というのがどこなのかも「こばせ」という地名も知らなかったのです。この「野中」は、たしかに野原の中なのですが、ある場所を指していることがやっとわかりました。大阪市民でも府民でもない私はこの地域の地理には詳しくないことを改めて思い知りました。
いろいろな図書館のデジタルアーカイブで公開されているのですが、安政2(1855)刊の

    浪華の賑ひ

に「野中観音」というページがあります。私は早稲田大学図書館のもので見ました。そこにはこういう説明があります。( )内は原文に付されたルビです。

玉造(たまつくり)小橋の辺(ほとり)より
天王寺(てんわうじ)までの間(あひだ)凡(すべ)て
一圓(いちゑん)の桃畑(もヽばたけ)なれば此(この)野中(のなか)
といへる地(ち)は全(まつた)く桃(もヽ)の
最中(たヾなか)にて紅(くれな)ひ匂(にほ)ふ花(はな)
の盛(さか)りには天(てん)も酔(よへ)る
光景(くはうけい)なり(以下略)

桃畑が続くきれいなところだったようですね。野中観音は、大阪市天王寺区小橋町(おばせちょう)のあたり、産湯の清水の西にあった観音です。産湯の清水は、今は小橋公園の中の産湯稲荷(宇迦之御魂神、下照比売命、大小橋命を祀る)として知られます。小佐田定雄さん作の新作落語「産湯狐」の舞台にもなっています。鶴橋駅と上本町駅の間くらいです。
野中観音(本尊十一面観音)は「難波寺(なにわじ)」が正式の名ですが、1924年に大阪電気軌道(今の近畿日本鉄道)の本社建設のために立ち退きとなって、今は大阪市生野区巽北に移転しています。
今度文楽劇場のある日本橋に行くときは、環状線で鶴橋まで行って、上本町、谷町九丁目、日本橋というコースを歩いてみようかと思っています。

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