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『かぐや姫の物語』の発見(1) 

私は、文学に、特に古典文学にあまり関心のない学生さんに長らく「文学」というタイトルの授業をしてきました。中には高校時代「古文」が好きで、文学部に行きたいとすら思ったことがある、という人もいました。しかし、「文学なんて役に立たないでしょ」という考え方が世の中に蔓延して、多くの大学は「実学主義」になってしまいました(私は若者に対する社会的な圧力がそのようにしたと感じています)。そういうこともあってか、授業に来る学生さんの中には単位だけが目的で、最初から「こんなことをしてなにがおもしろいの?」という顔をあらわに見せる人もいます。感想を書いてもらっても「これ、役に立ちますか」と悲しいことを言ってくる人がいます。いや、これは文学に限ったことではありません。以前、医学部の教員に聞いたのですが、一生懸命授業をして「何か質問はある?」と聞いたら「今日の話のどこが国家試験に出ますか?」と言われ、がっかりしたことがあるそうです。その教員は「試験に出ない話はどうでもいいのか」という気持ちになったのでしょうね。
しかし、それでもなお、私は文学の話をしなければならないのです。

    「文学が役に立ちますか」

と聞かれたら、「おそらく直接あなたの人生に役に立つことはないでしょう。でも、それがどうかしましたか。学問をして実際の暮らしに直接役に立つことなんてめったにないのですよ。私は高校時代に学んだ数学や物理、生物、化学など、さらに大学の教養科目の数々は、人生においてほぼ役に立っていません。ベクトルも微分も高校を卒業してから一度として何かに用いたということはありません。英語は仕事柄役立つこともありますが、一般の人にとっては英語を流暢に話さなければ仕事にならないということはないはずです。
それでも、私はそれらすべてを勉強して良かったと思っています。だって、勉強すること自体に意味があるのですから。『役に立つ』なんてつまらないことを考えていると勉強はすべて味も素っ気もないものになってしまいます。そこに山があるから登るのです」ということをやわらかく、わかりやすく答えることにしています。この話をすると20%くらい(笑)の学生さんはやけに強く共感してくれるのですが、ほかの人は果たしてどう思っていることやら。大学というところは文化や人生を語り合い、論じ合うことにすばらしさがあると思うのですが、なかなかそうさせてはもらえないご時世です。せめてこれくらいのことは言っておきたいと思っているのです。
そして私は、私にとってなによりもすばらしい文学の話をする限りは、彼女たちにも「こんなにおもしろいものなのか」と思ってもらいたいといつも思ってきました。これはもう

    「教師の本能」

なのです。中には「初めて古典文学をおもしろいと思った」と(半ばはお世辞なのでしょうが)言ってくれる学生もいますが、そんなときはやはり嬉しいものです。専門外の学生だからこその喜びがあると言えます。
私は古典文学を話すに際して、『平家物語』『伊勢物語』『源氏物語』などをおもに取り上げてきましたが、最終的には『竹取物語』に行き着いたのです。これを全部読み通す(原文は一部だけしか読みません)ことで、「古典文学を一冊読み終えた」という満足感だけでも持ってほしいと思いました。また、ひとつの作品を読み通すと、その過程で古典文学の精髄がある程度わかってくるものですから、有意義だとも思います。そしてその際には『竹取物語』を題材にした紙芝居、絵本、浄瑠璃(野澤松也師匠の「債務姫竹取翁譚」)などにも言及し、味読(浄瑠璃は拝聴)してきました。それに加えて市川崑監督の『竹取物語』(実写版。沢口靖子、三船敏郎、若尾文子、石坂浩二ほか出演。1987年)や高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(アニメ版。スタジオジブリ制作。2013年)を一緒に観てきたのです。

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