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牡蠣船 

以前「落葉なき椎」という創作浄瑠璃を書いた時に、場所を墨田川に設定しました。江戸の「本所七不思議」を題材にしたこの七つの浄瑠璃は、今の北斎通りや少しそこから脇にそれたあたりが舞台になるのですが、この作品は唯一、川の上で繰り広げられる話です。七不思議それぞれにひとつ、合計七つの作品を書いたのですが、どの作品も思い入れがあります。しかしこの「落葉なき椎」は耳に障害を持ちながら三味線を愛し、また恋しい人と離ればなれになった若い女性のひたむきさとを描いたものとして、自分では好きな作品です。
ある豪商が辰巳芸者(江戸の南東、深川の芸者衆)をあげて舟遊びをするのです。そこで三味線を弾く「夕顔」と名乗る女性の悲しい話がこの小品のすべてと言ってもよいのです。最後の場面は、平戸新田藩の松浦氏の屋敷の椎の木(落葉がないことが七不思議のひとつでした)からひらひらと葉が落ちる場面でした。
舟遊びなんて何とも優雅で贅沢な印象があります。
昔、大阪には

    牡蠣船

がたくさんあったのだそうです。今はわずかに土佐堀川にある一軒(というのか、一艘というのか)だけだそうですが、やはり「大大阪(だいおおさか)」の時代は風流なものもいろいろあったのでしょう。
牡蠣船は、広島から運ばれた牡蠣を船から売るのが本来の姿で、それが次第に船内でその牡蠣を料理して食べさせるようになったらしいのです。
先日、ある方から、ご自身の実家が牡蠣船をしていた、というお話をうかがいました。その牡蠣船は土佐堀川ではなく、佐野屋橋のあたりだったのだそうです。佐野屋橋と言えば四ツ橋の東側、

    長堀

に架けられた橋(長堀の埋め立てで消滅)で、今もバス停に「佐野屋橋」があります。そしてこの方は子どものころから文楽に通っていたとおっしゃっていましたので、劇場はなんと「四ツ橋文楽座」です。朝日座はかろうじて知っていますが、私など四ツ橋となると遠い歴史の彼方のようにすら思えます。まだ山城少掾、文五郎などが健在だったころです。そして実際その方のお話しには文五郎、山城少掾、松太夫(後の三代目春子太夫)、四代清六などのお名前が自然に出てくるのです。そしてなんと、そのかたのお祖父様が佐野屋橋に料理旅館を建てられたのだそうで、そこに文五郎師と清六師が来られて政岡の稽古をなさったというびっくりするような貴重なお話を伺えました。
牡蠣船、四ツ橋文楽座、私の知らない時代ではありますが、どこか懐かしさすら感じさせてくれる言葉です。

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