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これからも手紙を 

今の若い人はまったくといってよいくらい手紙を書きません。それは彼らが悪いのではなく、世の中がそういう具合にしてしまっただけのことです。世の中が何でも早ければいいという風潮になって、通信というのは用件さえ伝わればいいと考える人が急速に増えたように思います。その人たちの影響を受けた若者たちが手紙というアナログの権化のようなものを書かないのはむしろ自然なことかもしれません。用件以外の事をだらだら書く必要なんてない、という考え方は「文学なんて役に立たない」という思考と軌を一にしているようにすら思われます。いくら私などがあがいて「手紙を書こう」と力説してもほとんどの人は見向きもしないのです。
行動しないと退化するのは常識ですが、今や多くの若者は「便箋に2枚も手紙を書くなんて無理だ」とすら言います。「2枚って最低の枚数ですよ」というのは古い考えで、彼らにとって手紙とはダイレクトメールのようなものなのでしょう。
しかし世の中の流行というのは移り変わります。アナログ=悪のように言われたことがありますが、最近はレコードも、カセットテープも再評価されていると聞きました。私が大学生になって初めて自分のための高価な買い物をしたのは「オリヴェッティ レッテラ32」という

    タイプライター

でした。ガチャン、ガチャンと音をたてながら1文字ずつ字を刻んでいく文房具は私のあこがれで、なけなしのお金をはたいて手に入れて、ずっとそれを打ち続けていたことがあります。もう今は昔の物語ですが、何と、最近アニメか何かの影響でタイプライターに興味を持つ人がいるらしく、パソコンのキーボードもタイプライター仕様のものがあると聞きました。
私自身、LINEはおしゃべりの代用、メールは手紙の簡略版として使っていますが、それでも手紙を書くことはあります。お礼状などはやはり手紙がいいと思っています。私は仕事柄、新刊のご著書をいただくことがしばしばあります。そんな場合はきちんとお礼状を出すことにしています。特に面識のない方からいただいた場合などは形式を崩すことなくかなりかっちりした手紙にしています。
今の若者たちは形式というと毛嫌いするようなところがある反面、いざその形式についての話をすると、自分もやってみたいと思うようです。最初は真似でもかまわないので、きちんと書いてみて、そのうちに自分独自の味わいのある手紙が書けるようになればいいと思うのです。これは伝統芸能にも言えることですが、まず

    

をしっかり身につけることでそのあとの個性の発現につながるのだと思います。「型」のない人は個性を出すにも出しようがないと思うのです。文楽の当代呂太夫さんのお言葉を借りるなら、節にせよことばにせよ風にせよ、「がんじがらめ」の規律を身につけることが第一なのでしょう。
ところが、個性を重んじるという理屈でそれ以前の「型」を教えないでいるととりとめもないことになるばかりでほんとうに味わいのある個性などできるはずもないと私は考えています。
手紙を書くのは、たとえば剣道の素振りであり、柔道の乱取りであり、野球のキャッチボールでもあります。その基本をいかに身につけるかでその後に発揮される個性がすぐれたものとなるかどうかが決まってくると思います。
手紙は写経にも通じるのではないか、そんなことを思いながら今後もできるだけきちんとした手紙を書いていきたいと思っています。

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