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帝への拒否(2) 

帝から入内の申し入れがあった時、翁は当然大喜びでした。自分も官位がもらえるというので二倍の喜びです。『竹取物語』では「五位」を与えると言われており、これなら「貴族の端くれ」という地位です。当時の「貴」は三位までで、その下の四位、五位が「通貴」、つまり「貴」に通ずる身分ということで、ここまでが「貴族」ということになります。経済的に豊かな翁が欲しがるものとしてはやはり身分でしょう。今でもお金を持つと「理事長」とか「顧問」とか、その類のものになりたがる人はいくらでもいるでしょう。
ところが、かぐや姫は強く拒みます。高畑監督はこの部分をあまり原作から変えていません。「どうしても帝の所へ行けと言われるなら私は死にます」「お父様が官位を望んでいらっしゃるなら私は帝のところに行って官位をもらうところを見届けたうえで死にます」というのは原作と同じなのです。『竹取物語』のかぐや姫の

    強い拒否

に高畑監督も共感されたのかもしれません。
少し遡りますが、翁が帝の意思をかぐや姫に伝えに来たとき、彼は有頂天になっています。一方、媼は「いいかげんにしてくださいな」「あなたにはまだわからないのですか、ヒメの気持ちが」と諫めています。こういうところは男親と女親の違いをうまく表現していますが、媼をあまり描かない『竹取物語』にはこういう場面はありません。翁はこの時「女御のお一人になられるのですよ」とかぐや姫に伝えています。もともと天皇の「きさき」には「皇后、妃、夫人、嬪」というランクがあって、「女御」というのは、「嬪」の別称でした。しかし平安時代中期には「女御」はかなり格が高く、その下に「更衣」がいます。そして女御の中から中宮が選ばれました。高畑さんはどういうイメージで「女御」とされたのでしょうか。
『かぐや姫の物語』の帝の訪問の場面です。鳳輦(ほうれん。鳳輿。屋根の上に鳳の飾りがある)がかぐや姫の邸の東門を入ったところ、東中門の手前に置かれていて、すでに帝が邸内に入ったことを暗示しています。このあと帝は東中門廊から東の対の廊(簀子)を経て寝殿に向かうのでしょう。なお、鳳輦というのはかなり格式の高い乗り物で、私的な外出であればむしろ葱花輦(そうかれん。屋根に葱坊主のような珠の飾りがある)のほうが実態には合っているだろうと思います。しかし、いかにも帝らしい華やかな鳳輦をあえて選ばれたのかもしれません。江戸時代の『竹取物語』の絵にも鳳輦が描かれることがありますから、突拍子もないことではないと思います。
帝の行幸となると、音楽のひとつも演奏されていそうですが「おしのび」ということになっているため、そういうものは描かれません。『竹取物語』では、帝は堂々と入り込んで「光みちてけうらなる」人を見つけ、袖をとらえるという行為に出ます。一方、映画では翁に案内された帝が近づくことも知らないかぐや姫が、このときも

    琴(きん)

を演奏しています。彼女はこの難しい楽器の名手のようです。
そして帝はいきなり背後からかぐや姫を抱きしめます。現代ならおよそ非常識な行為として咎められるべきですが、帝は平然としています。誰もが自分の言うことを聞くのが当然だという考えによるのでしょう。特に、自分に愛されて喜ばない女性はいないはずだというのは彼にとって当たり前すぎて疑いの余地すらないのです。
『竹取物語』では帝に袖をとらえられるや、かぐや姫は「きと影となりぬ」とあって、実体のないうっすらとした影になってしまいます。『かぐや姫の物語』では帝の手をすり抜けて姿を消し、そのあと厳しい表情で「影」になっています。帝はやむなく招き寄せた鳳輦に乗り込むのです。

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