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消えた袿(1) 

『かぐや姫の物語』の登場人物で、帝はおもしろい人物です。原作の『竹取物語』では、帝は強引なこともしますが、実際はなかなか紳士的でした。かぐや姫が思い通りにならないとしても、翁を責めるわけではありません。そういう人柄だからでしょうか、実に3年間もかぐや姫と歌のやり取りなどをしたというのです。その点、『かぐや姫の物語』の帝はなかなか好色そうで、彼が無体な行為に出ようとしたことでかぐや姫は「こんなところにいたくない」と心の中で訴え、それゆえに月からの迎えも来たのです。
映画の帝(声は中村七之助)は、七之助のおじいさん(七代目芝翫)のようにあごがとがって長くなっている特徴的な顔をしています。かぐや姫が宮仕えを断ってきたときは顔色ひとつ変えず、「よもや私の申し出を断る女がいるとは思わなかった」と言います。そして「面白い。ますます会いたくなったぞ」と好奇心を煽られ、すぐに「よし、私のほうから出向こう。造(みやつこ)の家へ忍び参るのだ」と言い出します。このとき、帝は倚子(ひじ掛けがあり、背中の部分に鳥居型を持つ、腰掛)に座っており、前には正倉院所蔵の

    瑠璃坏

そっくりの坏が置かれています。おそらくモデルになっているのでしょう。帝の冠の纓は平安時代末期のように纓壺に入れてすこし持ち上がってから垂れる形になっています。
帝はすぐに翁の邸に行きます。以前も書きましたが、実際は行幸というのはそう簡単にはできなかったでしょうけれど。
次の場面は、これもすでに書きましたが、翁の家の東門を入ったところ。東中門との間に輿(鳳輦)が置かれ、すでに帝は輿を降りていることがうかがえます。こんなのが来たら、誰もが大騒ぎして、かぐや姫にもすぐにバレたと思いますが、そこは帝自身が「忍び」と言っていますので、前駆などもひそかに行ったということなのでしょうが、鳳輦が通ったら、町の人たちはおとなしくはしていないでしょう。もちろんこういうことは「映画のうそ」で片づけてよいのだと思いますが。赤とんぼが舞う翁の家には敷物が敷かれており、帝はそれを踏みしめながら東の対(寝殿造りの東側の建物)の階を登って行ったようです。普通なら中門廊(中門は門をくぐり抜けるのではなく門内から北に向かって廊があります)を通るのですが、何か意図があったのか、よくわかりません。なお、この場面は

    『年中行事絵巻』

に見える東門と東中門の絵に似た場面があり、あるいはそれを元に描かれたのかもしれません。
帝は東の対の西廊(東の対の西側の簀子)を通って、東北の渡殿(東の対から寝殿につながる通路)からかぐや姫のいる寝殿(母屋)に向かいます。この画面は透渡殿(すきわたどの、すいわたどの。渡殿の南側の反橋のようになった廊下。吹き放しになっている)越しに描かれます。なお、帝の冠の纓は『源氏物語絵巻』(平安時代末)のものと同じようにまっすぐ下に垂れる形です。
そして寝殿の東北の妻戸から入って、かぐや姫が琴を弾いているところを几帳の間から覗きます。あまりの美しさに彼はすぐに行動に出ます。そして「私がこうする(抱きしめる)ことで喜ばぬ女はいなかった」と、今どきの若い女性ならこの言葉だけでも「アウト」になるようなことを言います。帝は輿を寝殿の脇に回すように命じて、かぐや姫を引きずって行こうとします。

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