fc2ブログ

祭礼としての五段目 

文楽の時代物は原則としては五段構成ということになっています。十一段から成る『仮名手本忠臣蔵』でも、「刃傷」が序切、「切腹」が二の切、「腹切」が三の切」、「山科」が四の切と見ることもできます。見どころ、聴きどころというとやはり三段目、四段目でしょう。三段目(にあたる段)というと「すしや」「佐太村」「妹山背山」「熊谷陣屋」「松右衛門内」「沼津」「袖萩祭文」「是斎住家」など、四段目(にあたる段)は「河連館」「寺子屋」「金殿」「神崎揚屋」「岡崎」「一つ家」「金閣寺」などがあります。中でも三段目は武士の義理ゆえに命を落とさねばならない庶民や子ども、若者、老人など、運命に翻弄される弱者のどん底の悲劇を描くことが多く、しかしそこに何らかの光明があるような段で、声を振り絞るような太夫の声に涙を流す人も多いのです。
四段目も悲しい場面がありますが、三段目が墨色ならこちらは彩色の鮮やかな段とも言えそうです。「金殿」はお三輪が哀れですが、華やかな御殿でかわいい女性が虐げられる悲愴美があります。「金閣寺」も雪姫の痛々しさが美しいですし、「十種香」は八重垣姫のいじらしさが魅力的です。「河連館」は親を思う狐の夢幻的なおもしろさがあります。
ところが、結末に当たるのにめったに上演されないのが五段目です。『菅原伝授手習鑑』の「大内天変」は国立劇場で以前上演され、この9月にも手すりに上がりますが、多くの場合は「寺子屋」で終わることが多いでしょう。『義経千本桜』も「河連館」で狐が宙に舞ったところで柝が入るのが普通で、覚範(実は教経)と忠信の戦いや藤原朝方の陰謀の露見などを語る「吉野山」は、私など観たことがありません。
文楽夏休み公演で上演された『妹背山婦女庭訓』のでは珍しく

    「入鹿誅伐」

が出ました。入鹿が笛の音で「酔(よ)ゑるがごとく勇気くだけて」しまい、玄上太郎、金輪五郎らによって討たれます。これは五段目かというとそうではなく、四段目の「アト」にあたると言えばいいのでしょう。『妹背山』の五段目は「志賀都」という段で、帝が位に戻って久我之助と雛鳥の供養がおこなわれるのです。しかしこれも私は観たことがありません。
五段目は初段で起こった問題が解決して

    めでたく幕を下ろす

段とも言えるでしょう。
『忠臣蔵』はテレビや映画であれば討ち入りの場面はきわめて重要で、延々とそのようすが描かれます。吉良上野を見つけ出すまでもかなりの時間を要し、敵討ちが果たされてからも一同が庶民の喝采を受けながら泉岳寺に行かなければ収まりません。ところが文楽では師直の邸の場面はとんと上演されることがなく、それでいて原作にはない「光明寺焼香」などという段で取ってつけたような終わり方をして「これが十一段目(時代物の原則に当てはめれば五段目)です」ということにしているのです。
五段目というのは事件の解決を見せるかなり儀式的な段にも思われ、芝居を閉じるための祭礼のような役割も感じます。
しかし四段目までで解決の予想ができるし、大団円などなくてもかまわない、という観客の好みが今のような形を作ったのかもしれません。
今後もやはり不要なのでしょうかね、少なくとも「通し狂言」と銘打つときは上演できるものならしてほしい気もするのですが、慌ただしい現代にあってはそんな余裕はないかもしれません。

にほんブログ村 演劇・ダンスブログへ
にほんブログ村
↑応援お願いします
jyorurisakushaをフォローしましょう

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/6549-8da4ccee