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人生百年(?) 

大阪府豊能郡能勢町野間稲地にある大けやき(国の天然記念物)と言えば、私がこの街のために書いた『名月乗桂木』というちょっとした芝居の前半の舞台となったところです。この大けやきは実際に行ってみるとほんとうに壮大なものです。このあたりはもともと「蟻無(ありなし)宮」という神社で大けやきはそのご神木だったとも言われます。この大けやきは一節に樹齢1000年とも言われます。実際のところは私にはわかりませんが、いずれにしても200年や300年でないことは間違いないでしょう。
この長い年月を思うと人の一生はまことに短いものです。「人間五十年」とは幸若舞「敦盛」にある言葉で、人の世の五十年というのは天界のそれと比べると夢や幻のようなものだ、ということで「人間」は「じんかん」と読まれます。この言葉を「にんげん五十年」と読んで

    「人間の寿命は五十年に過ぎない」

と解釈するのは、本来は正しくないともいえますが、なかなか真実をついていると思います。昔は五十歳といえば完全に老人で、長生きとまではいわなくても十分に生きたと言える年齢だったからです。『菅原伝授手習鑑』の白太夫は七十の誕生日でしたし、『伊賀越道中双六』の平作も七十を過ぎていました(その割に若い娘、息子を持っていますが)。しかし、『源氏物語』の主人公の光源氏も五十歳を少し過ぎたところで亡くなったことになっていますし、五十年生きたら、あとは出家でもしようということだったのでしょう。「人間五十年」というとすぐに思い出される織田信長は数え年四十九歳で亡くなっています。
今、五十歳の人を「おじいさん」と呼んだらおそらく叱られます。それどころか、「今年六十歳のおじいさん」(「船頭さん」)も今や通用しないでしょう。男性は平均でも八十歳まで生きることになっていて、女性はさらに高齢までの寿命があります。
最近ときどき「人生百年時代」という言い方を聞くことがあります。これは何も、今生きている人の多くが百歳まで生きるということではなく、もともとはアンドリュー・スコットとリンダ・グラットンによる

    『Life shift 100年時代の人生戦略』

という本から広まった言葉で、2007年生まれの人の半分が100歳まで生きる(ただし先進国に限る)という未来に向けての話です。ドラえもんのいる22世紀はそういう時代なのかもしれませんね。
それがいつの間にか現代の高齢者化社会に引っ掛けて、今生きている誰もが100年生きるかのように喧伝されたように思います。人生100年時代が来るから足腰を鍛えましょう、という類の高齢者向けのサプリメントの宣伝文句などはなんだかちょっと違うな、と思います。もちろん、商魂のたくましさがそういわせるわけで、悪いとは思いませんけどね。
私はどうも平均寿命まで到達できないように思われるのですが、それでもマハトマ・ガンジーが「永遠に生きるつもりで学びなさい」と言ったようにまだあと500年ほど(笑)生きるつもりで勉強したいと思っています。

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