fc2ブログ

歌劇の生徒さん 

関西にある私立大学の中で、同志社大学と双璧と目されているのが関西学院大学です。私が高校生のころは「関関同立」(関西学院、関西大学、同志社、立命館)の四つの大学こそが関西の名門と言われていました。中でも関西学院と同志社はレベルが高いと言われ、同級生たちもこのふたつのどちらかに行けば鼻高々だったように思います。
関西学院はもともと神戸の原田(菟原郡原田村)というところにありました。今の神戸市灘区王子町に当たります。王子公園のところですね。今、王子公園は再整備で大学を誘致するそうで、関西学院が里帰りのようにここにキャンパスを持つ計画があるようです。
1929年、関西学院はここから西宮の甲東村(現在西宮市上ヶ原)に移転しました。当時、今の阪急電鉄は阪神急行電鉄という社名で、まだ三宮駅はなく、ターミナルは神戸駅(神戸市葺合区坂口通。今の中央区坂口通)と言ったのです。この神戸駅は、のちに

    上筒井駅

と改称されました。さてこの神戸駅からは、なんと、関西学院専用の電車が出ていたのだそうです。乗り換えなしで、仁川駅(今の宝塚市)まで運行されていたそうです。ところが、どういうわけか、生徒がこの電車より乗り換えのある一般の電車で行くことを好んだのだそうです。
宝塚歌劇団の理事で演出家であった内海重典さんは関西学院中学部の出身でいらっしゃるのですが、当時は神戸にお住まいで、やはり一般の電車で通われたのです。このとき生徒たちがなぜわざわざ乗り換えのある電車に乗ったかについて、内海さんは「宝塚生徒と一緒になれる」「乗り換えの西宮北口では、一緒にホームで宝塚行き電車を待てる」(内海重典『私が愛した宝塚歌劇』)ことが大きな理由だったとおっしゃっています。
それほどに、当時の若い男性たちには宝塚の生徒さんへのあこがれがあったのですね。しかも雲の上の存在ではなく、彼女たちは電車を使いますから電車に乗ればしょっちゅう会えるわけです。ちなみに、内海さんは

    春日野八千代さん

と同い年、しかも誕生日がわずか2日違いでいらっしゃいます。
内海さんはさらに、帰りの電車でも宝塚の生徒さんと会えるように、公演の終わりの時刻を調べて、その頃の電車(内海さんたちは宝塚の生徒さんの乗る電車を「花電車」といったそうです)で帰るという熱心さもあったのです。
宝塚歌劇団の生徒さんや音楽学校の生徒さんとすれ違う経験は私も少なからずすることがあります。先日も、宝塚市の図書館に行った帰りに、明らかに宝塚歌劇の生徒さんと思われる人と並ぶようにして同じ方向に歩いていました。だからと言ってどうなるわけでもない(笑)のですが、何だか妙にうれしくなります。
彼女たちはとにかくおしゃれですし、いい香りがするのですれ違うとさっと芳香が漂ってくるのです。
かつての関西学院の生徒さんが憧れた気持ちは私も何となくわかるような気がします。

にほんブログ村 演劇・ダンスブログへ
にほんブログ村
↑応援お願いします
jyorurisakushaをフォローしましょう

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/6558-6dc48e6c