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不必要な存在 

昭和十六年、というと誰もが太平洋戦争勃発の年、と思われるでしょう。しかしそれより前から世の中は不穏になっていました。谷崎潤一郎の最初の現代語訳『源氏物語』は昭和十四年から十六年にかけて刊行されましたが、皇統の乱れに関わる部分(中宮が天皇以外の男性=天皇の子の光源氏=と密通して男子が生まれ、その子が皇位につく内容)は出版側が自主的に改変するというような時代でした。
宝塚歌劇はその年十二月、つまり開戦の月に大阪北野劇場で公演があって、内海重典さんは「かぐや姫」を提案し(タイトルとしては『宝塚 かぐや姫』)、採用されたのです。「かぐや姫の役は小夜福子さんではどうか」と言ったそうですが、「本人が受けないだろう」と誰もが言うので、内海さんは直接頼みに行ったのです。すると小夜さんに承諾してもらえて、天にも昇る気持ちになった(そりゃ、かぐや姫ですから)そうです。翁に初音麗子(のち礼子)、媼に園井恵子、かぐや姫を取り巻く男たちに佐保美代子、春日野八千代、楠かほるというメンバーだったそうです。
今も宝塚歌劇の終演後に流される曲に

    「さよなら皆様」

がありますが、この歌はこの「宝塚 かぐや姫」で月に帰るかぐや姫、つまり小夜福子さんが歌ったものです。もちろん作詞は内海さん。「さよなら皆様 さよならご機嫌よう 楽しい思い出 心に秘めて お別れいたしましょう また逢うその日まで さよなら皆様 さよならご機嫌よう」という歌です。
太平洋戦争が始まると悲しいかな、宝塚のレヴューも『忠霊』『軍艦旗征くところ』などのタイトルになっていきます。ただし、翌年には、こんな時勢にもかかわらず、内海さんはアメリカの漫画をもとにした『ピノチオ』を上演しています。春日野八千代、園井恵子、月丘夢路らの出演でした。
戦局は深刻になり、昭和十九年には「大都市の高級興行場」が閉鎖されることになり、内海さんがそのとき公演の稽古をしていた東京宝塚劇場も対象になるという情報が届きました。ここはダメでも宝塚は「大都市」ではないので大丈夫だろう、と思ったそうですが、あにはからんや、宝塚大劇場も閉鎖の憂き目を見ることになったのです。その日、東宝で稽古を見ていた大政翼賛会の人物が生徒たちを客席に下ろしたうえで「宝塚は今日の戦争には

    不必要な存在

です」と言ったそうです。よくもこんなことを。ほんとうに大切なものを知らない権力者の醜さだと思います。
舞台に建てないだけでなく、戦争で命を奪われた生徒さんもいらっしゃいました。結婚するために退団した糸井しだれさんという方は、花嫁修業中に空襲に遭い、焼夷弾のために亡くなったそうです。そして内海さんにとってもっとも悲劇的な出来事だったのは園井恵子さんの被爆死でした。
内海さんは昭和十九年十二月に宝塚ホテル(もちろん宝塚南口にあった旧宝塚ホテル)で、元歌劇団員の加古まち子さんと結婚されました。この方は園井さんをたいへん尊敬していたのだそうです。内海さんは新婚生活を神戸市の六甲で送られたのですがが、その近所に神戸製鋼の部長さんの奥様で、中井さんという宝塚のファンだった方がいらっしゃいました。そこに移動演劇の桜隊に参加して広島にいた園井さんが逃げてきたのは原子爆弾投下の二日後、昭和二十年八月八日のことでした。被曝してひどい身なりだったそうです。内海さんの奥様はすぐに会いに行き、内海さんも渡していなかった宝塚歌劇団の退職金を持って行きました。園井さんはそれをとても喜ばれたとか。しかし、園井さんはまもなく重体となって寝たきりになりました。真夏の暑い時期に高熱を出しているのですから、冷やす氷が欲しいのです。そこで内海夫人が走り回って氷を調達したといいます。そのかいもなく園井さんは二十一日に亡くなります。亡骸は内海さんたちによって大八車で火葬場まで運ばれたそうです。
人間が人間らしく生きるための文化にとって戦争は不必要な存在です。
内海重典『私が愛した宝塚歌劇―演出家として生きた六十年』(阪急電鉄株式会社コミュニケーション事業部発行。2000年3月)を読んで少しその記事を紹介してみました。

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コメント

ご機嫌よう。

この名曲の、何とも言えない、もの悲しさ。

かつて、楽しかった宝塚の舞台を見た後で、客席を離れる去り際に、この名曲が流れると。

あら?今日は、何か?悪いことをしたのか?
明日から、何を頑張らなければいけないのだろう、と。
何となく、もの悲しい気持ちにさせられました。

この曲が頭に流れると、同時に再生されるのが、業平様の

おもふこと 
いわでぞただに やみぬべし 
我と等しき ひとしなければ。

あの、和歌を思い出し。

言うに言えない感情や思いは、みんな抱えている。
だから、黙っておくべきなのだ!
と、業平様に教わっている気持ちになります。
まあ、そんな気持ちでは詠われたのではないでしょうが‥。

あ、勿論。

被爆という言葉もない時点で、生き地獄のまま亡くなった園井さん。
戦争で殺されたすべての人の、無念や理不尽という言葉では言い切れない思いには。

御機嫌よう、

などの軽い言葉で済ませてはいけないとは、存じております。

8月は永遠に、この国が。
いかに愚かだったのかと思い知るべき1か月だと思います、せめて、ひと月だけでも。
(これだけは譲りません、ハイ、きっぱり)

  • [2023/08/24 01:42]
  • URL |
  • 押しego、です。
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

🎵押しegoさん

もう国民の大半は戦後生まれで、戦争の悲惨を知らない人だらけになりました。
でも、世の中が次第にきな臭くなる昨今、我々は戦前を知る世代になってしまうのか、と考えると悪寒がします。
宝塚に限らず、文化を抑圧しようとする人が増えるとそれは不健全な時代だと思います。

誤・御機嫌よう、正・さよなら皆様です。

あら?いつの間にか?深夜に下書き状態のコメントが送信されてしまっていた。。

失礼しました。 

この集合団地のPC回線は、雷やら何やらがあると、

画面がグルグルぐると停止状態になるので、放置せざるを得ないのですが。

いつものことと、お許しくださいませ。

そういえば、昨日はTVで。国営放送さんが、
戦争映画・パリは燃えているか、を放送していたのですが。
センセはご存じですか?3時間近い映画です。

あれを、幼少期に、意味も解らず、アランドロンが出ているからと。

父にねだって、映画館で観たのですが。(小学生が見る映画ではないと母は拒否)
とんでもなく長くて、上映途中に、休憩が入ったのでした。

で、どこに行ったのか?誰かと会ったのか?
元の席に、父が帰ってこないという、恐ろしい体験をしました。

今でいうなら、子供置き去りです・・

が、映画が始まったので、すっかり忘れて見入って、終了すると・・・
全く違う席で見ていた父に、拳骨をもらいました。。

私が悪いのか?座席を間違えた父が悪いのか?

家族会議が行われなかったのは、私が悪いという結末だったからでしょう‥。

まあ、戦争映画なので、
好きと言ってはいけない気がするのですが。名作だとは思います。

が、違う意味で記憶に残る作品なのでした。。そして、昨日も最後まで観てしまった‥。

※このコメントに意味は全くございません・・

  • [2023/08/24 09:53]
  • URL |
  • 学ばない・押しego。
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

業平様、ごめんなさい

おもふこと
いわでぞただに やみぬべき

※誤 やみぬべし
  ↓
 正 やみぬべき

・・でした。
大好きな和歌を間違えて送信するとは。
もう、何処から、どこまで謝罪すれば‥

センセ失礼を重ねて申し訳ございません。

とうとう、業平様にまで失礼というか、とんでもなく失態を…。 

  • [2023/08/24 13:16]
  • URL |
  • 誤入力の・押しego、です。
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

🎵押しegoさん

係り結びはだんだん忘れられていくので、まあよしとしましょう。
「思ふこと」と書くなら「言はで」の方がいいですね。

ああ、やはり低偏差値を露呈して、しもた。。

業平様、ごめんなさい。
もう、恥じ入る居場所もございません‥。

※その前に、恩師の忙殺をお邪魔しないと誓ったのは、何処の誰だろう・・・

  • [2023/08/25 13:29]
  • URL |
  • 恥じ入るばかりの・押しego、です。
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