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機織り 

今日8月22日は旧暦の七月七日です。つまり本来はこの日が七夕なのです。グレゴリオ暦の7月7日は梅雨の最中ですから、めったに星は見えません。旧暦(太陰太陽暦)は年によって今の暦とのずれがありますが、おおむね8月中旬あたりがその日に当たるのです。この時期はペルセウス座流星群の見える頃で、それとは関係なくても晴れる日が多いので、年に一度の牽牛織女の出会いは叶いやすいと言えるでしょう。
「七夕」を「たなばた」と読むのはもちろん当て字で、「棚機」のことといわれています。『万葉集』には「織女」という文字も出てきて、「たなばたつめ」(棚機つ女。織物をする女)と読んでいます。「つ」は「まつげ」の「つ」と同じで「~の」の意味です。「まつげ」は「目の毛」の意味ですね。
七夕伝説は申すまでもなく中国伝来で、天帝の娘の織女と牽牛が仕事をしなくなったため天帝が二人を離して年に一度だけ逢わせることにした、という今もよく知られる話です。
日本の「たなばたつめ」と

    奈良時代

に伝えられたという中国の織女がひとつになって日本風の七夕の行事ができたわけですね。今でもこと座の1等星ベガとわし座の1等星アルタイルは七夕伝説と切り離すことはできないでしょう。
『かぐや姫の物語』の主人公かぐや姫は音楽では琴(きん)が得意でしたが、機織りもうまかったようで、媼の作業場に行っては機を織っていました。
文楽で機織りというと、『蘆屋道満大内鑑』に、姿は見えませんが、葛の葉狐が機を織っている場面があります。機織りの姿が舞台に見えるものには『瓜子姫とあまんじゃく』がありますね。
昔話の

    「夕鶴」

や「天人の嫁さま」にもありますが、機織りは難しくてそれだけにすぐれた女性の技芸だったのでしょう。縫物と違って大きな機械を使いますから映画なら映像映えもしますし、なかなか会えない夫(『かぐや姫の物語』なら捨丸?)と離れたときの織女のイメージも重ねられている、というのはうがちすぎかもしれませんが。
翁が帝の求婚を伝えに来たときもかぐや姫は機織りをしていました。そして彼女はにべもなく断り、どうしてもと言われるなら「私は死にます」とまで言うのです。そして厳しい表情で再び機織りを始めるのが何とも印象的です。
媼が機織りをしているときに、かぐや姫は紡錘車を使って糸を紡いでいます。この場面を見ていると『信貴山縁起絵巻』「尼公の巻」に見える町の女性の姿勢によく似ています。あるいはこれをモデルにされたのかもしれません。

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