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田中正造 

私は高校時代あまり勉強ができる方ではなく、特に数学と理科に関しては目も当てられない成績でした。この2科目ができていたらもう少しまともな大学に行っていたのに(笑)、と後悔しています(いや、実際は後悔していません)。
その一方、めったにほかの人に負けなかったのは日本史と古文でした。ただ、高校レベルの日本史の場合はほとんど「どれくらい暗記したか」で決まってくるところがあって、あまり自慢できるものではありません。実際のところ、歴史観というものを持つには至らず、上っ面の暗記だけで点数を取っていたにすぎません。
唐突ですが、たとえば「田中正造」というと

    「足尾鉱毒事件」

と「直訴」という言葉を機械的に覚えておけば済んだわけです。実際、試験ではそれだけで「優秀な成績」がとれたのです。そんないいかげんなことでしたから、足尾鉱毒事件が歴史の中でどういう意義があるのか、なぜ今日まで問題になるのか、あるいはそもそも田中正造とはどういう人物なのが、なんて、何も知らないまま高校を卒業しました。
私は藤原道長の日記を読む仕事をしてきた(つまり平安時代の最高権力者の話を聞いてきた)のですが、それでいていつしか道長の「弱者」としての面に興味を持つようになったのです。彼は病弱でしたし、「こわがり」だったのではないかと私は思っています(胆がすわっていたということをわざわざ強調する伝承もあるのですが、だからこそあやしい・・笑)。そういう弱みにこそ関心があるのです。さらに説話集などに見られる小市民たちの話にも興味が湧き、文楽では英雄、豪傑、長者などよりも、その人たちのために苦しい思いをする町人たちに共感することが多くなりました。
田中正造はいろいろな言葉を残していますが、庶民の側に立った言葉が特に身に沁みます。岩波文庫には『田中正造文集』(一)(二)があり、小松裕『田中正造 未来を紡ぐ思想人』(岩波現代文庫)などの書物にもその言葉は多く紹介されています。おそらくもっともよく知られているのは「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」(1912年6月17日の日記)でしょう。なるほどそのとおりで、この言葉の対極にあるのが

    戦争

なのだとすら思います。そういえばこの人は「戦ひは悪事なりけり世をなべて昔の夢とさとれ我が人」とも言いました。
もうひとつ、「天の監督を仰がざれば凡人堕落し、国民監督を怠れば治者盗をなす」というのもあります。歌人の馬場あき子さんも、法律で決まれば仕方ないと思って従い、黙ってついていく風潮を嘆いていらっしゃいましたが、これはまさに「政治家たちを監督しないと彼らは必ず盗みをする」という田中正造の考えに通ずるでしょう。何も人の家に侵入してものを盗っていくわけではなく、うまいこと言って制度の中でかすめ取っていくのだと思います。こちらのほうがよほどたちが悪いとも言えそうに思います。

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