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久しぶりの大阪歩き(1) 

平安時代のことを日ごろ考えるものとしては、やはり京都に詳しくありたいと思います。誰が生まれた場所だとか、こんな政治事件があったところだとか、そういうことも大事ではあるのですが、私にとってもっと大切なのはそこに多くの庶民が住んでいたその息遣いの名残というか、生活のにおいを感じたいということなのです。
京都の町は平安時代そのままに残されているわけではなく、二条大路より大きな顔をしている(笑)御池通りなどを見ると、何だか違うなぁ、と思ってしまいます。それでもその違いもまた歴史の必然というか、意味があってのことでしょうから道を歩きながらいろいろ考えることがあります。

    神社仏閣

ももちろん重要ですが、今となってはあまり観光する気分にはなりません。その社寺に沁み込んでいる平安時代の人の血や汗が感じられたらそれでいいように思うようになっています。
大阪も歴史のあるところですが、平安時代の人にとってはそれこそ観光地のようなところで、住吉や四天王寺などに参詣することが大きな目的になることが多かったはずです。大阪の人々の生活というと、やはり江戸時代の印象が強くなります。
9月半ばに用があって久しぶりに大阪に行きました。用があったのは天王寺区でしたので、帰りには少しその界隈を歩こうと思っていました。私は天王寺区の特に北の地域についてはあまりよく知らないので、だいたいこういうところなのだというイメージをつかもうと思っていました。イメージというのは、街の賑わいや雰囲気もそうなのですが、地図やグーグルのストリートビューではわからない距離感とか坂道の傾斜とか歩く人の顔つきなどです。
この日まず目指したのは小橋公園の北側にある

    産湯稲荷神社

でした。特にこの神社に関心があったわけではないのですが、このあたりは天王寺区小橋町という地名で、少し前に読んでいた『迎駕籠死期茜染』「聚楽町」にその地名が出てくるからです。その段の最後の部分で、登場人物の長吉という子どもが姉のためにお金を盗み、姉に金を渡したあとそっと「小橋の野中の井戸」に身を投げようと思っていた、という話があるのです。それで、この作品は近代では『迎駕野中の井戸』というタイトルで上演されてきました。
もちろん、「野中の井戸」ですから、具体的にどのあたりにあったのかなんてわかりません。そこでとにかく「小橋」という地名のあたりを歩き回ろう(笑)と思った次第です。そのわかりやすい場所が小橋公園であり、その北隅にある産湯稲荷だったのです。

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コメント

産湯稲荷!

詳しく教えていただいて、ありがとうございます。
米朝師の「稲荷俥」の舞台ですが、まだ訪れたことがありません。ぜひ、たずねてみたいと思います。

🎵moonさん

そうなんです。「稲荷俥」や「産湯狐」の舞台となった、あの産湯稲荷さんです。明日の記事に書いています。
ぜひお訪ねくださいませ。

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