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「れる」「られる」 

このところ、敬語が気になって仕方がありません。一般の人が敬語を使うかどうかは、言ってみればその人の自由だと思いますので何も言うことはないのですが、言葉について何らかの形でプロを名乗るような人はあまりひどい言葉を使ってはいけないと思います。典型的なのは国語教師やアナウンサーでしょう。
しかし、国語教師は、私を含めてあまり信用が置けません。敬語を習うという経験が事実上ないため、自分で意識しない人はまったく使えない可能性もあります。特に教師の場合は普段子どもたちを相手にしていますから、彼らに対して敬語を使うことはあまりない(特に尊敬語、謙譲語)ので、ほかの科目の教師と同じレベルになってしまいかねません。となると頼みの綱はマナー学校の教師かも知れませんが、私の体験ではこういう人も何か独得の敬語観があるようで、普遍的な美しい言葉を使えるのかというと必ずしもそうとも言えないように思います。
そんなわけで、やはり

    アナウンサー

がお手本を示してくれないと困ると思います。
ところが、近ごろはスポーツの実況に関わるようなアナウンサーの場合、特に首をかしげたくなるようなときもあります。プロ野球のオリックスが優勝した時のインタビューで、(NHKの人かどうかはわかりませんが)アナウンサーがある情報を提供して「(今私が言ったことを)聞いてどう思われますか」と中嶋監督に尋ねたのです。「聞く」の主語は中嶋さんです。ここはどう考えても尊敬語を使うところです。「思われ」も「お思いになる」だろうと思います。ところが上のように言ったものですから私は一瞬息が止まったような錯覚を覚えました。
「れる」「られる」というのは敬語としてはきわめて安直なもので、古くは(昔は「る」「らる」でしたが)尊敬の意味ではめったに使われていません。多くは受身で、自発がそれに次ぎ、可能がしばしば、尊敬となるときわめて少ないのです。今は尊敬、受身が多いのでしょうが、ごく日常的な場面でのやりとりとか先輩のように軽く敬語を使いたい場合にはいいのですが、かなり高めの敬意を表したい場合や、きれいな言葉遣いをしたい場合は「れる」「られる」は適切ではないと私は思っています。
この間、図書館で丸谷才一氏の

    『日本語のために』

を見つけたので、なつかしくてぱらぱらとめくっていました。すると、かつて読んだはずなのですが、敬語のことをお書きになっているくだりを「発見」しましたので少し読んでみました。
そこで丸谷さんは「何々さんが来られ」「何々さんがかういはれ」(丸谷さんは旧仮名遣いをお使いになります)という言い方について、前者は「お見えになつて」「いらつしやつて」、後者は「おつしやつて」というべきだ、とおっしゃっていました。
そこで丸谷さんは「れる」「られる」は「耳に快くなく、風情がない」とお書きになったうえ「耳に快くつて風情があるといふことこそ敬語本来の目的」とまでおっしゃるのです。
今や、「快い」とか「風情」というようなことを考えてしゃべる人はあまりいないのかもしれません。
しかし、言葉というのは人とのコミュニケーションに用いるものですから、相手を不快にさせるものはダメだと思いますし、できることなら「快い」「風情のある」言葉を使いたいものだと私は考えています。
「あのう、あなたの言葉には風情のかけらもありませんけど」と言われるのは重々承知しておりますが。

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