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寺田寅彦の予言 

夏目漱石というのはどんな人だったのか、私はこの文豪についてあまり勉強したことがなくよくは知らないのです。それでも、彼に師事する人が多かったのは事実で、きっと教師、指導者としてもすぐれていたのだろうと想像しています。「漱石文化圏」とでもいうものが存在していたかのように、多方面の人に影響を与え、また交流もしていたようです。漱石を頂点とした門下生の一群は

    漱石山脈

とすら呼ばれています。小宮豊隆、鈴木三重吉、内田百閒、安倍能成、久米正雄、芥川龍之介、中勘助、岩波茂雄らの知識人、作家が漱石を慕ったものと思われます。その中には物理学者の寺田寅彦(1878~1935)もいました。
寅彦の熊本の第五高等学校時代に英語教師だったのが漱石でした。のちに東京帝国大学理科大学に進んでさらに同大学教授になりますので、科学に関しては漱石より詳しいわけで、その点で漱石は寅彦から教わることも多かったようです。
さて、寅彦は「天災と国防」(岩波文庫『寺田寅彦随筆集 第五巻』所収)というエッセイで日本人と自然や天災とのかかわりについて述べています。その冒頭はちょっと寒気のするような文章です。

「非常時」というなんとなく不気味なしかしはっきりした意味のわかりにくい言葉がはやりだしたのはいつごろからであったか思い出せないが、ただ近来何かしら日本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが遠い水平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国民全体の意識の底層に揺曳していることは事実である。そうしてその不安の渦巻の回転する中心点はと言えばやはり近き将来に期待される国際的折衝の難関であることはもちろんである。

この文章は1934年11月の『経済往来』に発表されたもの、つまり今から90年近く前のものなのですが、何だか今の話をされているように思えてなりません。
さらに寅彦は、そういう不安をあおりたてるかのように天変地異が起こっている、とも言っています。
そして「文明が進めば進むほど

    天然の暴威による災害

がその劇烈の度を増す」というこれまた我々が思い当たることも書かれているのです。寅彦が挙げる例は次のようなものです。大昔、人が頑丈な岩山の洞窟に住んでいたとすると、地震や暴風があってもびくともしません。しかし、文明が進むと人間は自然を超えてやろうともくろんで、大きな建物を建て始めました。堤防も作りました。大きな建物というのは重力に逆らうものです。堤防は水力に抗するものです。そういう自然に立ち向かうようなものを次々に作っていきました。ところが、何かの拍子に自然が暴威をふるうとこれらは破壊され、その結果、多くの人々が命を失うことになります。そこで寅彦は「災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである」という警句を書き留めたのです。
もちろん、現代人が今さら岩穴に住むことは難しいでしょう。堤防がなければ危険もあります。それを承知で寅彦は鋭い指摘をしているのです。
「天災と国防」という文章はまだまだ先があるのですが、最初の数ページだけ紹介してみました。

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