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敬語がなくなれば(1) 

最近、「(目上の人が)~しておられる」という言葉があたりまえのように使われています。これはどの世代の人でも使うようです。何も調べていないのですが、かなり以前から使われているようにも思います。
それだけに今さら文句を言っても意味がないくらいなのですが、私は昔気質ですので、少し不平を述べておきます。
「おる」というのは「いる」の謙譲語として用いられてきました。「夜の10時なら、私は家におります」のように、自分の状態を言う時に使うものでした。それゆえに、「あなたは夜の10時に家におりますか」というのは相手の状態に謙譲表現を用いているという意味で奇妙な言葉です。その「おる」に尊敬の意味を表す「れる」をつけて「おられる」と表現するのは、

    謙譲と尊敬を混用

しているわけですから本来おかしなことなのです。しかしもはや「おられる」は当たり前の表現になってしまい、もう止めることはできそうにありません(私は頑として用いませんが)。その結果、目上の人に向かって「あなたは~しておりますか」という言い方すら出てきました。これなどは「おる」を尊敬表現のように扱った言い方でしょう。謙譲語が尊敬語に変わってしまうという、まことに奇妙な現象が起こっています。「いらっしゃる」という言葉があるのになあ、とついぼやいてしまいます。
以前、学生さんから「敬語がなくなったら、外国のように、年齢など関係なくフレンドリーな関係が築けると思いませんか」と聞かれたことがありました。なるほど、そこまで敬語は嫌われているのだな、としみじみ感じた体験でした。彼女たちは大学に来るまでは、年長者と触れ合うと言うと学校の先生か先輩くらいで、丁寧語と「れる」「られる」くらいを知っておけばこと足りたのです。まして謙譲語なんて不要だったと言っても過言ではないでしょう。
私は外国語についてはまるでわからないのですが、ヨーロッパ言語には日本のような敬語は存在しないと思います。やはりこれは

    長幼の序

を重んずる国ならではかもしれません。お隣の韓国の言葉では「おとうさんが~なさいます」に当たる表現はあります。やはり長幼の序を大事にするお国柄だと思います。
敬語なんて大嫌いな若者にとっては、ただただ面倒なもののように見受けられ、それだけに「もし敬語がなくなったら」という気持ちになったのでしょう。

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