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久しぶりの書評 

批評というのはなかなか難しい仕事です。ほめればいいわけではなく、けなせばいいわけでもありません。
かつて『上方芸能』誌に連載させていただいた「文楽評」というのはまったくできの悪いものだったと今になってなさけなく思います。およそ批評の名に値しなかったと、先に立たない後悔をしています。三味線の聞き分けができるわけでもないし、義太夫節の技巧についての知識もないし、やはり引き受けるべきではなかったと感じます。つまるところ、私にはそういう能力はなかったとしか言いようがありません。私に白羽の矢を立てた当時のM編集長は優秀な方ですが、人を見る目がなかったのではないでしょうか。
呂太夫さんの本を書いたとき、短い書評のようなものを書いてくれた新聞がありました。記者さんが書かれたようですが、書評というよりは紹介文のような感じでした。
新聞というと、週に一度書評欄を持つところが多いでしょう。ああいう場では、しかるべき学者や読書家の面々が担当されるので、なかなかしっかりしたものが書かれることがあります。とても私にはまねができそうにありません。
そんな私ですが、かつて

    論文集

の書評を頼まれたことがあります。若い人(30年以上前のことです)に書いてもらいたいということだったらしいのですが、その論集を前にして途方に暮れたことを覚えています。400ページほどある重厚な本で、読んで理解するだけでも時間がかかりそうで、私に何をしろというのか、と思いました。ともかく全体を読んで書くだけは書いたのですが、これもまったく書評の名に値しないもので、著者の方には申し訳ないことをしてしまいました。
この2月締め切りの原稿の中に、ひとつ書評というか、本の紹介文を書くことになりました。私がある本についてちょっと口走ったために「では書評を書いて」と言われてしまったのです。

    めったなこと

を言うものではありません。
しかし私も30年たてば多少は本も読んできましたし、その本の勘所やキーワードなどを押さえることも以前に比べればできるようになったと思います。
そこでともかく読み始めて、おもしろいと思ったところ、著者の工夫、創意、独自性、本全体に底流する魅力などをピックアップし、内容についてわからないことを調べていきました。そして、これは私の文章の作り方の常套手段なのですが、断片的に思ったことを書き散らしていきます。全体の統一性なんておかまいなしに書いていくのです。そして書いていくうちに何となく方向性が見えるようになってくると、書き散らしたものをアレンジしながらまとめにかかっていきます。
こうして、約1,500字の文章を書き終えました。いつも締め切り間際にあたふたする綱渡りのようなことをしていますが、書き終えたときにホッと一息つける瞬間が好きです。

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