名月 

昨日から今朝にかけての月が

    仲秋の名月

です。
まだ蒸し暑くて「仲秋」というのがしっくりこないのですが、満月は満月。私の住む地域では大変美しい月が見られます。
とはいえ、昨今の地上の明るさは尋常ならざるもので、月だの星だのというのはほとんど日常生活の意識の外にあるように思います。
以前東京で文楽の帰りに友人に星を見ながら

    オリオン座ですね

と言うと、「え? どこどこ?」と驚いていました。秋田から来ていた彼女にとって、まさか東京で星が見えるわけが・・・という気持ちが働いたのでしょうか。目の前に見えたのですが、確かに注意しないとわかりません。麹町あたりでしたので、見えるのは2つの一等星と三ツ星くらいでしたが。

昔の記録を見ますと、満月の頃に宴会をした場合、月が出ると庭の明かりを消して観月したりしています。
月の存在がそれほどに生活密着していたわけです。
火を使うという、他の動物にはない知能の高さを誇りつつも、満月の美しさに対峙しては、それを消して眺めようとする

    自然への畏敬

というか、謙虚さも持ち合わせていた時代の話です。


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以前、新作浄瑠璃を作る時に「名月」をテーマにしました。
他愛ない作品でしたが、名月を愛し、感謝する気持ちを何とか表現したかった、という思いでした。
大阪府能勢町に

    名月峠

があります。これは名月姫の伝説によるものです。尼崎の領主が子を授かりたくて大日如来に願をかけ、仲秋の名月の日に娘が生まれたため、名月姫と名づけられたと言います。美貌の名月姫についてはいろいろと伝説があるようですが、能勢町では、能勢に嫁した姫が平清盛に召され、操を守るためにこの峠で自害したと言われます。

月の持つ明るさと暗さ。光でありながら陰。不思議な魅力を持つ天体だと思います。

文楽では

    心中天網島

の大和屋が初冬の十五夜。「空十五夜の月冴えて」です。
そしてなんといっても印象的なのは

    双蝶々曲輪日記

の「引窓」。お早が引窓を開けて月の光を入れ、「まだ日が高い」と言いますが、あの月の光は人々の情愛そのものだろうと思います。

せめて仲秋の名月くらい灯りを消してながめたいものです。

コメント

「頃しも師走十五夜の

月は冴ゆれど胸の間」とある現在上演中、堀川猿廻しの段も私には印象深いです。これが書かれた頃は、街中でも人々の暮らしの情景で月が今よりはるかに大事だったことでしょう。

♪nanasinonaさん

師走の十五夜は冷たく冴え冴えとした月ですね。
同じ十五夜にもいろんな顔があるのですね。
昨日が中秋の名月で今日が満月。でも今日は見えないかな〜。

昨日の満月はちょうど寝ているところから見えてきれいでした。
街中の電気を全部けして月をみるキャンペーンしたら省エネにもなっていいなーとかも思いましたね。

それにしても太陽とお月様はでっかいです。人間が作った光では全世界を照らすことはできません。
自然ってすごいですね。

♪もいかさん

なんでもかんでも「ライトアップ」の時代ですから、自然の光をあまり感じなくなっていますね。
京都のお寺までライトアップしてますよね。何考えてんだか、と思ってしまいます。
「見える」(自然に目に入ってくる)ものであった月は最近では「(意識的に)見る」ものになっていると思います。

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