和歌を詠もう(1) 

以前連載をさせていただいていた短歌の雑誌が、同人の高齢化などが原因で歌誌の刊行を半分に減らしたそうです。
同人が高齢化するということは、どうしても人数が減り、雑誌を経済的に維持できなくなってくるのです。
やはり短歌など今どき流行らないのでしょうか。
もちろん若い人でも短歌を詠む人はいますが、一般的に言って隆盛を誇っているとは言いがたいように思います。
また、短歌作品自体も、最近はあまり感傷的なものではなく、

    明るい笑いの要素

の強いものも多くなってきたように思います。
それはそれでもちろんかまわないのですが、あまりに同じようなものが増えるのはどんなものかと思うことがあります。
新聞に載る短歌では、社会派の短歌というか、

    時事短歌

といえばいいのか、そういうものも多いように見受けられます。
短歌が多様化していくのは当然かもしれませんが、私はそちらのほうには行きたくないというスタンスなのです。
単純にそのときの悲しみや寂しさ、時に喜びやうれしさが詠めればいい、という程度で、やはりこんなふうに旧態に閉じこもっていては上達もしないのかもしれません。

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文学無用の時代(2) 

菅原道真は音楽も好きだったのです。彼の詩の中に「偏信琴書学者資」(私はひとえに信じている。琴、書は学者の資本になると)という一節があり、音楽と読書は学者にとって何よりも大事な支えになることを感じていたのです。これは中国でも同じで、あの白居易は詩と酒と琴を「三友」としました(白居易「北窓三友」)。ところが道真は、音楽はいまひとつ才能に乏しかったようなのです(といっても人並み以上だったのではないかと思いますが)。彼も七絃の

    琴(きん)

を弾いたりしたのですが、どうもうまくいかなくて諦めたようです。琴(きん)という楽器は『源氏物語』の主人公の光源氏が得意としたものなのですが、演奏がとても難しく、なかなかすぐれた奏者が出ないことが『源氏物語』「若菜下」にも書かれていて、実際、平安時代後期にはあまり演奏されなくなるのです。
道真はだからと言って音楽無用論を唱えるようなことはせず、やはり自分は

    詩に重点を置こう

という気持ちになるのです。
今でも、自分ができないから、自分が知らないから、自分は面白いと思わないから、そんなものは無用だなどという安っぽい考えをする人もありますが、それはおかしな話でしょう。

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文学無用の時代(1) 

国文学なんて役に立たない学問など今の時代には無用のものである。コソコソとそんなことを言われているような気がして、仕事場でも肩身が狭いのです。いや、ほんとうは胸を張っているのですが、肩身が狭いと嘆くような顔をしているのです。それは違うよ、と言いたいために。
先日、文楽四月公演『菅原伝授手習鑑』の、また今年から実施する予定の講座「王朝の歌人たち」の予習のために

     藤原克己『菅原道真』(ウェッジ選書)

を読んでいました。藤原先生は知識も見識も私など足元にも及ばない大変すぐれた平安時代文学研究者で、特に菅原道真についての研究で知られ、『菅原道真と平安朝漢文学』というご著書もあります。
私は以前研究会でご一緒させていただいたことがあり、その時に驚嘆するような偉大な先生だと思ったものですが、同時にお人柄にも感じ入りました。これだけの方なのに、まったく偉そうにされない、謙虚で穏やかで円満な先生です。
その大先生が15年前に一般向けに書かれたのが『菅原道真』です。私はこの本の

    「はじめに」

にまず感銘を受けました。ここには藤原先生の、どうしてもこの本を書かないわけにはいかなかった強い思いが記されています。本文も重厚なものですが、この「はじめに」を読むだけでも価値があると思うくらいです。
以下に申し上げるのはこの「はじめに」を中心として藤原先生のお教えに導かれてのものです(藤原先生のおっしゃることそのままとは限りません)。

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集まるお酒 

2月以来あまり体調がよくない日々が続き、もちろんお酒などめったに飲めるものではありません。ただ、私はいわゆる「酒飲み」ではありませんから、苦痛ということはないのです。何か月もアルコール抜きなんてまったく平気ですし、これまで何度もそういう経験はあります。
私の家にはビールというものは今や存在しません(笑)。「発泡酒」や「第三のビール」は好まないので、ビール系飲料はまるでないのです。いつぞやもらったことがあって少し飲んだのですが、ビールの味なんてすっかり忘れていたくらいです。以前は、ビールだけはディスカウントの酒屋でまとめて買っておいて

    一日に1本だけ

飲むという、私にとってはきわめて優雅な生活もしていましたが、今はいろんな事情でそれは不可能です。
日本酒を常備するという習慣は昔からありません。「白鷹」の真ん中あたりのランクのお酒を見つけると買ったりしたこともありましたが、あくまで「たまたま」のことです。
ワインもスコッチもきらいではありません。

    お酒はすべて好き

なのです。しかし本当に縁が薄くなってきました。

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クラーナッハ 

ヴィッテンベルクの宮廷画家ルカス・クラーナッハ(Lucas Cranach 1472—1553)は、ドイツルネサンスを代表するアーティスト。個人としてのみならず、工房を持って子どもたちの協力も得ながら多くの絵を生み出したそうです。
そのクラーナッハ及び彼の工房の作品を集めた展覧会が東京と大阪で行われ、私は大阪中之島の国立国際美術館に行ってきました。
あまり体調がよくなくて、いつもなら梅田から20分ほどで行けるのに、

    45分

ばかりかけて(途中休憩時間を含む)行ってきました。梅田橋のあったところから田蓑橋を渡ります。かつては見るものを圧するようであった、そして今はその威厳を失ったレプリカのようなダイビルの近くを通って中之島へ。
それを狙って時間帯を選んで行ったわけですが、平日の午前中で、予想に違わずガラガラでゆっくり観ることができました。
この人物の名前、展覧会の公式の表現では

     「クラーナハ」

でした。ドイツ語の発音ではそれが近いのでしょうか? 美術史の分野ではそれが常識なのかも知れませんが、私は読みにくいので「クラーナッハ」か「クラナッハ」と言っています。
絵の善し悪しはよく分かりませんが、なんともなまめかしい作品が数多く展示されています。

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