完治しました 

1月半ばに右手首の調子がおかしくなって、ズキズキ痛むようになり、さらには手首も指が曲がらなくなってしまいました。
何をするのも困難で、風呂に入るのがとても面倒でした。
抗菌剤でよくなるから、と言われ、10日間使い続けると、なるほど腫れも痛みもなくなり、指の動きもかなり戻りました。
そして、先日、3月13日に医学的には

    完治

ということになりました。
あとは残っている違和感が消えてくれればいいのですが、これは「日にち薬です」と言われています。
今は、中指と薬指を後ろ側(指をそらすようにする方向)に曲げようとすると痛みがあってじゅうぶん曲がりません。また、手首も内側に曲げるとまだ左手のようには曲がらず、無理をすると痛みがあります。

    握力

はかなり戻りました。
一字は手を握れませんでしたから、握力計で計ったら10kgもなかったのではないかと思います。
今は7~8割の力で握ることができます。
あとは風呂などで暖めながら手首を曲げたりするように、と言われているだけで、もう通院はしません。
医者は説明もきちんとしてくれましたし、無駄なお金を使わされることもなく、誠意のある人でよかったです。

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少し歩きました 

ずっと不調で、歩くことがかなり億劫です。
5分歩くといやになってきます。
しかし、確定申告の書類を郵送しようと思って、郵便局までの往復25分を頑張って歩いてきました。
歩き始めて数分でやっぱりやめようかな、と弱気になりましたが、なんとかたどりつき、無事に申告できました。医療費の還付のためですが、喜べばいいのか悲しむべきか、

    10,000円

ちかく戻ってくるはずなのです。
大して税金は払っていませんので、10,000円は相当大きいです。
自宅近くではなく、仕事場からでしたので、途中で

    竹本春子太夫

師匠のお住まいであったところを訪ねてみました。
今はもう優雅な建物も枝垂桜もあとかたもなくなっていて、別の方が豪邸を建てられています。
残念だとは思いますが、時の流れです。
また、途中にある幼稚園ではちょうど卒園式。いや、今は「修了式」というようです。
春は近く、セーター姿で平気でした。
仕事場に戻ると息切れがして、しばらく休憩。なかなか体調はよくなりません・・・。

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創作浄瑠璃を書きました 

春休みの宿題として自らに課していたものは
 ☆呂太夫さんの本をきっちり仕上げること
 ☆『源氏物語』の原稿を書くこと
 ☆創作浄瑠璃をひとつ仕上げること
でした。
ひとつ目は、編集者さんの奮闘で私はあまり必要なかったと思うのですが、いずれにしてもできました。宿題を助けてもらいながらこなした、という感じですね。2月24日が「仕事納め」でした。
二つ目は、誰も助けてくださいませんので(笑)、自分で頑張って書きました。もちろん『源氏物語』の専門家ではない私の場合、先学諸賢の学恩を受けることは甚だしいのですが。これは呂太夫さんの本と並行して書きました。締切が二月末なのですが、提出したのは20日頃だったと思います。
そして三つ目。これがかなりの難題でしたが、意を決して、2月24日の呂太夫さんの仕事が上がってからすぐに書き始め、3月4日にほぼできました。9日間で書いたことになりますが、分量は原稿用紙7枚分。ぐずぐずしているな、といわれそうですが、何度も何度も書き直しや加筆、削除をしますので、時間がかかってしまいます。そもそも、本当に文章を書き始めるまでのストーリーを考える時間が必要ですので、余計に時間がかかります。ストーリーはかなり前から頭の中で整理しつつあったのですが、かなり変更を加えました。
そして6日には

    野澤松也

師匠にお送りしました。師匠が、これなら使える、と思ってくださったら作曲してくださるはずです。
さて、どうなりますことやら。

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リハビリに励んでいます 

蜂窩織炎らしき病気に罹って丸2か月になりました。
内科医は今なお「蜂窩織炎でいいかなぁ?」と疑っていますが、かと言って他に説明のしようがないようです。
右手の親指と小指以外が動かなくなりました。腫れがひどく、痛みもあり、パソコンのキーボードは打てない、マウスは使えない、部屋のカギを開けることもできない、荷物は持てない、手動のドアは開けられない、箸もペンもだめ。風呂に入るのも億劫でした。左利きですのでフォークやスプーンは普段から左で、これはオーケー。
抗菌剤が効いて、少しずつ指が伸びるようになり、五本の指がすべてまっすぐに立つようになったのは発症後1か月ほど経ってからでした。
そるらでも自由にはならず、中指はマウスを使いながらリハビリのように動かしていました。
この記事を書いている時点(3月初め)では発症する前とほとんど変わらないスピードでキーを打つことができるようになりました。
残るのは手首。けれも少しずつ動かすことっかなり曲げられるようになりました。
もうひと息です。

短歌を詠みました 

私は子どもの頃から詩を作るのが苦手で、読むのも得意ではありませんでした。入試問題に詩が出たらどうしよう、と思ったくらいです。
そのくせ、定型詩である俳句、短歌などには興味があって17文字あるいは31文字という一定の器の中に言葉を込めるのが向いていたのかも知れません。
大学生になると、もっぱら短歌で、しばしば

    新聞に投稿

して載せてもらいました。
大学院生の頃は歌人の方とお付き合いもでき、短歌の催しに参加したこともありました。
ところがその後はあまり熱心になれず、いつしか縁遠いものになっていました。
最近、短歌の同人誌から『御堂関白記』(藤原道長の日記)や『源氏物語』について連載することをお許しいただきましたので、短歌の世界にまた引き寄せられることになりました。特に今『源氏物語』を連載している同人誌の主宰の先生からは「あなたも短歌を詠みなさい。載せてあげるから」と勧められていました。
下手なのです。それはかまわないのです。『源氏物語』についてえらそうに書いているのに、短歌は

    からきしダメ

だな、と思われてもいいのです。ではなぜお勧めに従わないのかと申しますと、やはり詠めなくなっているのです、鈍っているのです。言葉が浮かばず、短歌の体をなさないのです。
これではいけない、歌の心を持たずに平安時代の文学なんてわからないじゃないか、と強く反省し、最近になってやっといくつかの「みそひともじ」を詠みました。これをその同人誌に送るべきか、もう少し「リハビリ」をしてからにすべきか、悩んでいるところです。

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