悩める学生 

プライベートなことになりますので詳しくは書きませんが、ある学生さんからかなり深刻な悩みを打ち明けられました。
よく言ってくれたと思います。
私もいろいろ経験してきましたので、いくらかはこういう人に話せなくはないと思っています。
メールや手紙のようなもので話してくれるのですが、最初にそれを書いてくれた時はかなり精神的に落ち込んでいたように見受けられました。その後も泣きそうな顔をして話して(書いて)くれたこともあり、私はあまり深刻な顔はせず、やや明るめに話を聞かせてもらいました。
それにしてもなぜ私に言ったのでしょうか?
もちろん今は国文科はありませんから、私が担当する学生さんではありません。授業でわずか週に一度会うだけです。それもたくさんの学生さんの来る大教室での授業ですから、普段は個別に話すことはまずできないのです。でも彼女は毎回私が必ず書いてもらう感想文を、本当に細やかに書いてくれる人で、成績も優秀。多分最高点だったと思います。
そんな彼女が最後の授業の時に思い余って、という感じで書いてきたのが始まりでした。
たまたま私が病気をした後で、原稿の締切があったものですからすぐにお返事はできなかたのですが、やっと余裕ができたので一生懸命考えたことを書いて送りました。
彼女も試験その他で忙しく、こちらが送ったメールを読む余裕も、それに対する返事を書く余裕もなかったようです。そしてやっと一段落したところで読んでくれて、丁寧な返事も書いてくれました。
私がごく普通の教員だったら彼女はこんなことを言ってこなかったのではないかと思います。障害があって、しかも呼吸の苦しい状態で授業をしているのを彼女が知っていたからこそ、言い換えると弱みをありのままに見せながら生きているからこそ話しやすかったのかも知れません。
教員としては、本当にうれしいことです。ただ、満足な返事がかけたかどうか、不安は持っています、後期もまた授業で会うことがありますので、刃なしが出来ればいいなと思っています。
そうそう、文楽人形の話をしたら、ずいぶん興味を持ってくれました。一度人形を観に来てください、と言ってあります。

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あさがおのかんさつ(7) 

『枕草子』「草の花は」の段には「草の花は、なでしこ、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし。女郎花、桔梗、朝顔、かるかや、菊、つぼすみれ」とあります。
唐撫子や大和撫子を代表格としたあと、女郎花以下の花を挙げています。
また、『枕草子』では夕顔に関して「花の形も朝顔に似て」として、朝顔と夕顔をともに鑑賞した当時の人々の様子が伝わります。夕顔はウリ科で実が大きくて、清少納言は、その点だけは

    「いと、くちをしけれ」(何とも残念なことだ)

と言っていますが。
『源氏物語』「朝顔」の巻には、その名も

    「朝顔の姫君」

という女性が出てきます。彼女は光源氏のいとこで、桃園式部卿宮(光源氏父の弟)の娘。家柄から言っても光源氏の妻にふさわしい人でしたし、光源氏も若い頃から関心を抱いていました。「帚木」巻(光源氏十七歳)にも「式部卿宮の姫君に朝顔奉りたまひし」という一節があります。ただ、彼女は光源氏との結婚には消極的で、プラトニックラブを貫くことにします。その理由は、光源氏の妻になるとかえってつらい思いをするという予感が彼女の心を支配するからです。こういうところは醒めているというか、冷徹というか、独特の存在感を持つ女性です。
賀茂の斎院を務めたので「朝顔の斎院」といわれることもあります。

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ふらつき 

ずっと体調が悪くて、3分も続けて歩くのは無理、という日々でした。
しかし、7月に病気をしてその治療に使った抗菌剤がピタリで、歩けるようになりました。8月5日の文楽劇場およびだしまきの夕べでは、三か月半ぶりに長い距離を歩きました。
この日は朝から仕事場に行き、土曜日で誰も来ないのを幸いと共同部屋をベースキャンプにして図書館に行き来しました。
この図書館、四階まで階段を昇るのです。この三か月は業務用エレベーターを借りたり、階段を少しずつ上がって各階で休憩したりしました。
しかし、このところは

一気昇り

できます。
夕方まで仕事をして、文楽劇場へ。4時半に約束がありましたので間に合うように。地下鉄の階段も難なく歩きました。
すぐに用が済み、次の約束は6時。さて、1時間何をしよう?
思いついて、相合橋筋まで行き、だしまき会場の福家さんを下見。噂の「勘緑さんのれん」が掛かっていました。
入ることもないので、道頓堀に出たのですが、目も当てられぬ惨状。この街、廃れないように願います。
また南におりて、途中から西に向いて、特に意味もなく法善寺。

アラビヤ珈琲

を横目に御堂筋、そして千日前通り。あとはぶらぶら劇場に戻りました。
これだけでも歩けることが奇跡のようでした。

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お盆休み 

今日から16日まではお盆休みです。
仕事場も閉まっているようですので、家で暑さと戦いながらできるだけ勉強します。
私の家ではお盆になるとオガラを焚いてご先祖様をお迎えして、またお見送りするというしきたりがあります。今でも母親はそれを守り続けています。とてもいいことだと思います。
人の一生は短いもので、実際は先祖からずっと

    繋がって

線状になっているような気がしています。私はその線の一部に過ぎないのです。そして先祖や子孫とつながることはやはり大切だと、最近特に感じます。
昔は墓参りなんてつまらないと思っていましたが、今は真剣にお参りしますし、さほど遠くない将来にはお参りされる側にまわりますので、お盆の行事もまた大事にしたいのです。
広島で暮らしていたときには原爆とのからみがありますから、お盆の重みがまた格別なものでした。派手にさえ見えるお盆灯篭にも驚きましたが、墓地に行くと

    昭和二十年八月六日

やその直後を命日と刻むものが多く、それにもまた深い悲しみを覚えました。
以前この時期はずっと京都の研究会に参加していましたので、五山の送り火もしばしば見ました。
送り火が消えていくと夏も終わり。残暑は厳しくとも日は短くなっていき、風の音も変わります。
いろいろな思いを胸に抱きつつ、今、自分にできることをしておこうと決意を新たにするお盆休みです。

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ひの字 

七夕の日に願い事を書くのは短冊ですが、今でも梶の葉に書く習慣のあるところがあります。
京都の冷泉家では盥に梶の葉を浮かべて「天の川を渡る舟の楫(かじ)」と見立ててそこに映った星を見るという風雅なこともなさるようです。
あの梶の葉というのはなんとも独特の形をしていて、それゆえに

    

に用いられることが少なくないようです。
ネットでちょこっと調べただけですが、「外割抱き鬼梶の葉」「抱き梶の葉」「細輪に梶の葉「違い割梶の葉」「石持ち梶の葉」「三つ割梶の葉」「細輪に覗梶の葉」「違い梶の葉」「丸に梶の葉「雪輪に覗梶の葉」などなどまだまだあるようです。
あの形には梶が生きていくための何らかの意味、工夫があるのだろうなとは思うのですが、そういうことはさっぱりわかりません。

梶の葉
↑楫の葉

朝顔の葉も一度見たら忘れられません。
ウサギの顔のようにも見えます。あるいはヤギでしょうか。

20170722朝顔の葉
↑朝顔の葉

先月(7月)の後半、病気で臥せっていたとき、枕もとの朝顔がどんどん大きくなっていくのを目の当たりにすることができました。
風が吹いたり雨が降ったりすると葉がそよぎます。
それをじっと見ていると、平仮名の

    

の字にも見えてきました。
朝顔の葉は縦にきれいに並んでいますので、上から順番に見ていると「ひひひ」と笑っているように見えるのです。
風に揺られたら「ひ~ひ~ひ~」となんだか不気味な笑いです。
雨がポツポツと落ちると、そのたびに葉が揺れて「ひっひっひっ」と笑っているようです。
嫌な笑いかたをするなぁ、とつっこみを入れながら、葉のダンスを眺めていました。

20170728朝顔の葉
↑ひひひひ

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