醜女 

文楽『釣女』の醜女は、見ようによってはかわいい娘ではないでしょうか
しかし、『新猿楽記』にはすさまじい醜女が出てきます。右衛門尉の十二女はこの上ない美人なのですが、十三女は逆に気の毒なまでに描かれます。
まず髪がボサボサ、額が狭く、口からは歯が見えている。顎が長くて、耳が垂れ、顎が太い。頬が高く、頬の下に行くほどすぼまっている。歯は食い違っていて舌足らず。鼻は曲がっていて詰まったようである。背が湾曲して鳩胸、腹はカエルのようである。まっすぐに歩けず、「わに足」。皮膚はかさついて

    ナマズのような

肌である。首は短く、長身で、腋臭があって、手は熊手の形の農具を思わせ、足は鍬のようである。おしろいを塗ると狐のような顔になり、頬紅をつけるとサルの尻のようだ。淫乱で相手を選ばない。嫉妬深くて心ばえもよろしくない。織物や裁縫はまったく下手で、家計もうまくできず、財をなくしてしまう。整っていなければならないものは何一つなく、逆に女にとってよくないこととされる

    七出


 すなわち、「子がない、舅・姑に仕えない、おしゃべり、ねたみ、病気、盗み癖、淫乱」という七つが揃っているのです。最後の二つはともかく、それ以外の「欠点」は、現代なら問題にはされないように思います。
何かと書きにくいこともありましたが、およそ以上のようなことで「醜女」を描いているのです。
ところで、最後に「この女にも最近夜這いする男がいるらしい」と書かれていて、作者は「蓼食う虫も」と言わんばかりです。でも、それはそれで好き好きですからね。

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食い意地の張った女 

『新猿楽記』の右衛門尉の七女の夫は馬借、車借をしています。
馬や車に荷物を乗せて運ぶ仕事です。働き者というと聞こえがいいのですが、馬や牛は休むまもなくひどい目に遭わされます。
しかし、留守がちで、それなりに稼いでくれる夫を持った妻は三食昼寝付き(二食かな?)。
『新猿楽記』は「食歎愛酒女」と書いています。
彼女の好物に

    鶉目之飯、蟇眼之粥

というものがあります。何なのでしょうか。鶉やカエルの目をほんとうに飯や粥に炊き込んだのでしょうか。
ほかには、鯖の粉切り、酢煎りの鰯、鯛の中骨(これらは海の魚)鯉の丸焼き、においのする腐ったネギ、納豆(なうとう)の油の濃いもの、熟した梅の実、黄色くなったきゅうりなどなど。
あまり美味しそうじゃないな。
お酒は

    濁り酒

で、アテは炒り豆。
夫の前では爪を隠した猫のように振る舞うのですが、食べるとなると牙を舐める犬のようになります。
いやはや、何ともすさまじい人です。

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父と息子 

『源氏物語』「横笛」巻を読んでいるのですが、この巻の最後に描かれるのは、光源氏と彼の息子である夕霧のやりとりなのです。
細かいことは省きますが、亡くなった友人の奥さんのところにお見舞いのために熱心に通っている夕霧について父親の光源氏が諭す場面なのです。
「友人とのかつての交誼のこともあるのだから、その奥さんとは清いお付き合いをしなさいよ。ごたごたが起こると面倒ですからね」と父に言われた夕霧は、心の中で「おとうさんのいうことはなるほどそうかもしれないが、じゃあそういうあなたはこれまでどういう生活をしていたんだ」と思うのです。光源氏は名うての色好みで、一方の夕霧は

    堅物

で知られた男なのです。光源氏には夕霧の母である葵の上のほかに、紫の上、女三宮、明石の君、花散里などがあり、そのほかにも六条御息所だの朧月夜だの、数多くの女性と交わりを持ったことは知らぬものとてありません。夕霧は奥さんが二人だけ(今なら問題ですが)で、この二人の奥さんとの間には10人以上の子がいて、ほかの女性とはあまり付き合っていないのです。
むっとした息子は「何事も人しだい、事しだいです。あちらの女性ももういいお年ですし(おそらくこのとき二十五歳くらい)、私は好きがましいことなどには慣れていないのですから」と反論します。
こういうやりとりを作者は本当に

    リアルに描く

のです。夕霧はこの時二十八歳で、当時はもう中年に近い年齢でしょう。身分も大納言兼近衛大将という高級官僚です。そんな男でも、光源氏(四十九歳。こちらはもう老年期に差し掛かっています)から見れば頼りない息子です。実際、夕霧はこの女性に対してなみなみならぬ好意を抱き始めているのです。それを見透かされているからこそ、反論もしたくなるのです。
火花を散らす父と息子。『源氏物語』はこういうところも面白いのです。

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美女 

『新猿楽記』を読む場合、一番手軽なのは東洋文庫に入っている川口久雄氏校注のものです。
本文、意味、注が付いています。川口氏は和漢の文学に精通された大先生で、私も学生時代から学恩を受けてきました。
私は特に漢文学が苦手ですから、『新猿楽記』を読むに際してはやはりこういう先達がいらしてくださることがありがたいのです。
右衛門尉の十二女はたぐいまれな美女です。
その描写は『長恨歌』や『文選』の影響があり、こうなると川口先生に頼ってしまいます。
翡翠のかんざしがよく似合うこの娘は、

    芙蓉の瞼

をめぐらしてひとたび笑むとあふれんばかりの媚態が生じ、青い黛の眉を開いて斜めに向き合うと誰もが心を寄せます。白粉をつけなくても色が白く、頬紅で装わずともほんのり赤い。濡れた唇は紅い果実のようで、肌は脂づいて白雪かと見える。腕は玉、歯は貝を口に含んだのようだ。
言葉数は少なく肝心なことのみを言い、その声はなごやかである。綾や薄衣をまとい、香を焚き染めている。いつも鏡を持ち、字の稽古も怠らない。
人々が言います。もし彼女が楊貴妃の時代に生まれていたら必ず

    嫉妬

されただろうし、漢の武帝のころに生まれていたら、李夫人のかわりに愛されただろう、と。
楊貴妃は美貌で知られますが、また、大変嫉妬深い人でもあったのです。
かくして、十二女は男たちの羨望の的になりました。

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相撲人 

『新猿楽記』の右衛門尉の六女の夫は相撲人です。
今の相撲は江戸時代の流れですが、やはりその淵源を尋ねたら平安時代の相撲節会に行き着くでしょう。もちろん、さらに古くは
当麻蹴速や野見宿禰にも至りますし、そもそも二人の人が取っ組み合いをして相手を倒すというのは、とりわけ男性なら誰でもすることでしょう。
さて、六女の夫は、父方が丹治文佐(たんじのふんすけ)、母方が薩摩氏長(さつまのうじおさ)という相撲人を祖先に持ち、

    気躰長大

で雄々しい人。もちろん力も強く、相手になる者とてなかったというのです。
彼の得意技は「内搦み」「外搦み」「亘(わた)し掛け」「小頸」「小脇」「逆手」などでした。
ご覧のとおり、すべて相手を倒す技で、「寄り切り」「押し出し」の類はありません。そもそも

    土俵

というものがないのですから。
たふさぎ(ふんどし)の腰回り、髻(もとどり)の髪際、ふるまい、気迫、腕の筋肉、腿の肉、手足、骨など、相手は見ただけで怯えるほどでした。
最も高い地位を最手(ほて)と言いましたが、いかなる最手も彼にはかないません。鼠と猫、雉と鷹のようなものだとさえ記されています。

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