説話の中の歌人(2) 

説話には霊験譚というものがあります。観音様は現世のご利益を与えてくださるというので、庶民に愛されました。清水寺の本尊は十一面観音ですから、ここにもさまざまな霊験譚があるのです。
京に住む貧しい女が熱心に清水寺に参詣をし続けました。それでも貧しさに悲運まで重なるありさまで、とうとう観音に向かって恨み言を言うのです。そのまま居眠りをしたところ、夢に現れた人が

    御帳の帷子

をたたんで女の前に置いたところで夢が覚めます。しかしそんなものは役に立たないので放置していると、また夢の中で「ありがたくいただきなさい」と言われます。女がこの御帳を着物に仕立てて着ると、いろいろな人からものをもらうようになり、頼み事も引き受けてもらえるようになり、すばらしい男性と巡り会って幸せで豊かな生活をすることになります。
こういう話がいろいろあるのです。
和歌に関する説話にも神仏とかかわるものがあります。『古今和歌集』撰者の

    紀貫之

が紀伊国から都に帰る途次、和泉国でにわかに馬が動かなくなります。それは蟻通(ありどおし)の神のしわざだというので「かき曇りあやめもしらぬ大空にありとほしをば思ふべしやは」(かき曇ってよくわからない大空に星があると思うことができるでしょうか。事情をよく知らない私がここに蟻通の神がいらっしゃるとどうして知ることができるでしょうか。「ありとほし」は「蟻通」と「ありと星」を掛ける)と詠むと馬が歩き出したという話があります。

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説話の中の歌人(1) 

説話文学と呼ばれるジャンルがあります。平安時代後期に編まれた『今昔物語集』を筆頭に、『宇治拾遺物語』『十訓抄』『古今著聞集』『沙石集』『古本説話集』『江談抄』『撰集抄』『雑談集』『古事談』『宝物集』などなど。『宝物集』は鬼界が島に流されて、のちに赦免されて都に戻った平康頼の作と言われています。あの『平家女護島』にも登場する、あの人です。
説話文学は、「事実」や「事実と言われていることがら」をもとにして描かれた文学作品の類です。とはいえ、日記文学、歴史物語、軍記物語などとはさまざまな面で異なります。形態上の目立った違いとしては、ひとつひとつの作品がもっぱら短編で、

    あっという間に終わる

ものが基本であることが挙げられます。それら短編の話を集積したものが説話集としての大きな姿を見せます。
「事実と言われていることがら」といいましたが、口承が下地にあって、それを文字化したものもあります。『十訓抄』のように文字どおり教訓的なものもありますし、『宇治拾遺物語』のように昔話風のものを多く持つものもあります。

    芥川龍之介

が説話をもとに『芋粥』『羅生門』『龍』『鼻』『六の宮の姫君』『藪の中』『偸盗』『道祖問答』『好色』などの名作を書いたことは今さら申すまでもないことでしょう。芥川はさすがに慧眼というべきで、このジャンルの作品の中に人間の本質や弱さを見て現代の文学に再生させました。私も決して読書家ではなかった子どもの頃に唯一おもしろいと思った作家が芥川で、今なお大きな魅力を感じる人です。

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讃岐の道真 

私はうどんが大好きで、昼によく作っては食べています。
うどんといえば讃岐ということになっていて、安いうどんでも香川県産でありさえすればよく売れるようです。「なんとか製麺」といううどん屋さんもいろいろあります。江戸落語で「時そば」といっても、上方では「時うどん」です。
学生の頃、東京の大学の学食でうどんを食べようとしたのです。するとうどんが真っ黒な汁の中に泳いでいてビックリしました。汁は飲めたものではなく、ただ辛いだけ。
私はうどんの汁というのは飲み干すものと思っていましたので、驚きました。私が作るうどんは、実はたいしたことがなくて、いちいち出汁をとったりはしません。

    市販の白だし

です(笑)。それでもあの東京の学食よりはおいしいよね、と思いながら食べています。
香川県出身の小説家の方を知っていて、一度ご自宅を尋ねたことがあり、お父様がうどんを食べにいこうとおっしゃって、善通寺市だったと思うのですが、とある讃岐うどんの店に行きました。どうやら人気店らしく、なんだか客を

    流れ作業

で扱っているような愛想のない店でしたが(笑)、それなりに味わえました。その店にはその後も一度行く機会があったのですが、やはり愛想はありませんでした。

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漢詩を詠む梅 

梅の木が好きなのです。春の始めに咲くために「花の兄」とも言われる白や紅の花もいいですし、実が生るとまた愉しみがあります。
私はこのところ家の老木の実で梅酒と梅シロップを作っています。なかなかいけますよ。
すでに桜が散っているのに、今ごろ梅のことを書くのもどうかと思いますが、文楽四月公演『菅原伝授手習鑑』上演中ということもありますのでご容赦を。
梅と言えば、天神様。『菅原伝授』でおなじみの

    菅原道真

が思い出されます。
道真が太宰府に左遷される時、彼の邸宅(今の下京区菅大臣町)の梅に向かって詠んだという歌もよく知られています。

  東風吹かば匂ひおこせよ梅の花
     あるじなしとて春を忘るな(拾遺和歌集)

結句は「春な忘れそ」とする本もあります。「〜な」はもともと男性が目下の者に禁じるときに用いられた言い方、「な〜そ」は女性が用いる、あるいは女性に対して用いる言い方でした。後者は「どうか〜しないでおくれ」というニュアンスを感じます。梅を女性のように見れば「な〜そ」もあり得ますし、漢詩人の道真なら漢文訓読にも用いられた「〜な」がよいようにも思います。
この梅の木はすさまじいパワーをもっていて、道真が筑紫に到着するとその片枝が飛んできて、そこに根づいたといわれます。そうです、飛び梅伝説。「梅は飛び桜は枯るる世の中に何とて松のつれなかるらむ」ですね。
あるとき、道真が筑紫に飛んできて成長した梅に向かって

  ふるさとの花のものいふ世なりせば
     いかに昔のことを問はまし

と詠みかけたのです。「おまえという、故郷からやってきた花がものを言うのであれば、どうにかして昔のことを尋ねように」というわけです。
すると・・・

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初めての詩 

私は小さいころから短詩型文学、つまり俳句、短歌、川柳などがとても好きで、自分も作れるようになりたいと思っていました。
大伴家持十六歳の作にこんなものがあります。

    振り仰(さ)けて みかづき見れば 
        一目見し人の眉引(まよびき) おもほゆるかも

                           (『万葉集』巻6・994)

三日月を見るとあの人の眉が思い出される。
川端康成にも「十六歳の日記」(数え年十六歳の日記)があります。三島由紀夫は満十六歳の年に「花ざかりの森」を書いて恩師清水文雄氏(当時学習院教師。のちに広島大学教授。平安時代文学)に激賞されています。
栴檀はやはり双葉から芳香を放つものです。
私も同じころからいろいろ書いていましたが、栴檀ではなかったために無味無臭でした(笑)。
菅原道真はどうだったのでしょうか。道真の詩文を集めたものに『菅家文草』がありますが、その巻頭に置かれたものは、何と、彼が数えの十一歳の時に詠んだ漢詩なのです。

      月夜見梅花
    月耀如晴雪  梅花似照星
    可憐金鏡転  庭上玉房馨


「月夜に梅花を見る」という題です。「月が輝くことと言ったら晴れた日の雪のようだ。梅の花は空に照る星に似ている。なんとすばらしいこと! 月がゆらゆらとして地上では梅の花房が香っている」。韻や平仄を整えてとても美しい情景を比喩、あるいは見立ての技法を用いて詠んでいます。

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