葦の片葉(1) 

難波の葦は伊勢の浜荻。
ものの名はところによって違います。
というと何やら落語のマクラのような言い方ですが、この「葦」という植物に関心を持ってきました。とはいえ、子どものころから植物についてはまったく無知で、桜と梅くらいしか区別できなかったくらいですから、葦と言われてもよくわかりません。
「あし」は「悪(あ)し」に通じるのでわざと逆の意味の

    「よし」

と読みかえることもあります。「芦田」と書いて「よしだ」と読む名前の方もいらっしゃいます。
私の場合、茎を簾の材料にすることでかろうじて知った植物で、あとは

    難波潟短き葦の節の間も
        逢はでこの世を過ぐしてよとや (伊勢)


    難波江の葦のかりねのひとよゆゑ
      みをつくしてや恋ひわたるべき (皇嘉門院別当)

のような、文学の素材として知るくらいでした。これらの歌は百人一首に入っていますから、解説書も豊富で、しばしば歌の横に葦の写真が掲載されたりします。しかし植物にあまり関心のない私はたいてい見過ごしてきたのです。

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風呂桶を 

昨日の朝は大変でした。
5時半頃、外に出るとポツポツ雨が降っていました。「あれ、今日は雨?」と思った程度でなんとも思わず出かける準備。次に外に出た時はかなり強い雨でした。朝顔に水遣りしなくていいな、とのんきなことを思っていました。
ところが家を出てまもなく

    土砂降り

に。どうやら雷も鳴っているらしく、灰墨色の空が時折り明るくなります。
家を出てしばらくした交差点ではもうワイパーをフルに動かさないとどうにもならない状態。しかし此れは序の口でした。
国道を走っていたら、隣斜線の車が水溜りを蹴ってものの見事に私の車のフロントガラスを直撃。バケツをひっくり返したような雨、という言い方がありますが、印象としては

    風呂桶

をひっくり返したようで、ワイパーが役に立たず、約1秒間前が見えませんでした。しかもこれを二度繰り返されてしまいました。
後続車が安全運転の人だったので助かりましたが、私はブレーキを踏まざるを得ず、下手をすると追突されるところでした。
不思議なもので、川西市から猪名川を超えて大阪府池田市に入ると雨は小降りに。ホッとしました。

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夏休み中盤 

小学校では夏休みも終盤になりますが、大学はまだ休みに入って2週間くらい。私は「補講」が9日で終わりましたからその意味ではまだ1週間しか経っていません。
授業が始まるのはいつか知りませんが(笑)、9月下旬とすると、あと1か月くらいです。9月初めからにすればいいと思うのですが、ダメなんですかね。
1年全体のスケジュールが10日から2週間早められたら何かと楽になり、教育効果も上がると思うのですが。
それはともかく、

あと1か月

の休みの間、けっしてゆとりはありません。
勉強すればするほど自分のバカさ加減が身にしみて、もう何度「こんなこと

やめてしまおう

と思ったかわかりません。わかりませんが、それでもやらないわけにはいかず、またとぼとぼと牛の歩みをするのです。したからといってはかどるわけではなく、やはりまた自分の愚かさを思い知るだけなのですが。

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メールしてる? 

けっしていいことだとは思っていないのですが、あまり他人様と交流がありません。
友人といえる人は本当に少ないです。
もともと人付き合いがうまいほうではありませんが、最近はさらにそれがひどくなっています。
仕事場で話すのはほぼ学生のみ。仕事関係の人は挨拶程度とか、ごく事務的なこととか、そんなものです。
結局文字でのやり取りがわずかな交流ということになります。文字のやり取りですとほぼ互角の関係で話せますから、私としては楽なのです。
今、一番多いのはおそらく

    フェイスブック

だろうと思います。中高年のたまり場とか言われますが、たしかにあまり学生さんは参加していません。
最近では「うはなり打ち」について書いたところ、ずいぶんいろいろとご意見をいただいてありがたかったのです。
そういうまじめなことだけでなく、ごくつまらないことも書いていますが。
フェイスブックには

    メッセンジャー機能

がありますから、これもしばしば使います。
ラインは登録しているのですが、あまり「友だち」がいません。また、さほど熱心に使ってもいません。
ラインの場合、スタンプとか絵文字を駆使するのがお決まりのようですが、私はやはり苦手です。

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北条政子の憎しみ 

ずっと「うはなり打ち」の勉強をしています。
浮気などしようものならいかにも怖そうな奥さん、言い換えると嫉妬深い女性というと、仁徳天皇の妻である磐姫(いわのひめ)がいます。
平安時代の貴族の妻は一夫多妻を認めざるを得ない時代に生きていましたが、それでも嫉妬はします。『源氏物語』の紫の上も光源氏が四十歳になって新たな妻を迎えたとき、激しく怒鳴るようなことはしませんがひっそりと涙を流すような嫉妬をするのです。
『かげろふ日記』の作者の

    道綱母

もかなり嫉妬深い人でした。町小路の女という人物と夫が親密な関係になり、子どもまで生まれた時はかなり嫉妬しており、その子が幼くして亡くなったと聞くとどこか快哉を叫ぶような筆致で其の事実を書き留めています。
彼女は安和二年(969年)の正月に女性たちとともに言忌みをしましょうといったあとで

   三十日三十夜はわがもとに

と言いたいわね、と付け加えます。夫が毎日毎日私のところに来てくれればいい、というわけです(かえってうっとうしくなりませんかね・・笑)。時に彼女は三十三歳。この年齢になるとそろそろ女性としてはあまり夫婦仲がどうこうということは言わなくなって、人によってはそろそろ後世の安楽を願うこともありそうです。
しかし道綱母は正月のご祝儀ことばとはいえ、堂々と「三十日三十夜は」というような人なのです。

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