悪夢 

なんだか変な夢を見てしまいました。かなり仲の悪い人が出てきたようで、その人がとても偉そうにするのです。実に些細な事、たしか、私の持っている財布を机の上に置くのに、置き方が悪いとか何とか言ってケチをつけるのです。
そんなのほっといてよ、と思うのですが、相手はどうも権力的で、頭ごなしに言ってきます。私は最近、こういう輩が大嫌いで(だから夢に出てきたのでしょう)、完全に

    切れて

しまいました。もし相手が暴力的なことをしたら同じことをし返してやろう、という気になってしまい、様子を見ていると、明らかに攻撃を加えてくる態度を示しました。相手が襲い掛かって来るや否や私はすぐさま

    反撃

にでました。あまりよくわからないのですが、とにかくあいてのからだのどこかをたたいたのです、力いっぱい。
すると、寝ぼけて本当にどこかを思いきりたたいてしまって、小指にずきんと痛みが走り、目が覚めました。
しばらくすると小指は色が変わって、内出血の模様。どうしてこんな目に遭うのだろうと情けなくなりました。
しかしどういう夢なのでしょうね・・・?

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費用の工面 


やはりずっと調子が悪く、特効薬とされているものも効かなくなってきました。副作用もかなり出てきていますので、これ以上増やすのは危険だとのことです。そこで、医者曰く、別の方法を試しませんか、と。
以前もここに書いたと思うのですが、新しい薬が出て、どぷも私には効きそうな感じがするのです。しかしネックは

    費用

です。
私ごとき貧乏人が使えるようなものではありません。保険適用前の薬価は注射1本が私の月給くらい。実費でも私の1年分の昼ごはん代を1本の注射に費やすというもので、それを月に1度打つのだそうです。
とてもダメです、とお断りしました。以前の私なら迷うことなく使っていたのですが、今はひどい待遇を受けていますのでほんとうに悩んでしまいます。
しかし、このままではどうにもつらく、何とか工面できないものかと悩んでいました。
それで新たに

    講座

をひとつ実施することにして、それで稼いだお金をつぎ込もうかという算段です。
ただ、その講座が実施されると、私はある曜日に1日当たり390分しゃべることになってしまいます。
普通の方なら何とかできるかもしれませんが、私はしゃべりっぱなしの授業なので、きわめてつらいのです。体調をよくするために体調を悪くする(笑)ような不思議なことをしようとしています。ただ、この講座は実現するかどうか未定で、もし実現しなかったら、仕事は少し楽でも体調は悪化しそう、というまったく困ったことになりそうです。

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春植えの植物 

五年ほど前には考えられないことでしたが、失われていく楽しみを補うものとして、いつしか植物との対話が欠かせないものになってきました。
植物は物を言わないので私には楽な友人です。しかし一方、とても雄弁な反応を示してくれます。
最初はまったく何も知らない状態から、園芸好きな方にうかがったり、本を読んだりして、きゅうり、トマト、シソ、オクラ、ピーマン、にんじん、ネギなどの野菜を作りました。今も、アスパラガスが育ちつつあります。
2年前にホームセンターでふと見かけた

    グラジオラス

の球根を衝動的に買って育ててからは、花にも興味が湧くようになりました。今は、昨年もらったビオラの苗(枯れかけていました)がプランターからはみ出すほどに咲いています。
この春もまた何か植えようと思っています。
グラジオラスはすでに大きな球根と昨年できた木子を植えました。まだ球根は残っていますから、それは少し時期をずらして植えます。

    野菜

はどうしようか、ゴールデンウィークあたりに決めます。
ビオラが終わったら、入れ替えに朝顔を蒔こうかと思っています。タネは去年50粒くらい採りましたので、もらってくれる人に差し上げても余りあるくらいです。
命を育むことには不思議な魅力があります。

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能への興味 

能楽はもちろん好きです。大学生になってすぐに、能楽のサークルに入りたいと思って説明会にも行きました。観世会でした。
結局は参加せず、後悔しています。
能は平安時代の文学を下敷きにすることが多く、特に伊勢物語や源氏物語をどのように謡曲の世界に取り入れるのか、という点について関心がありました。能のドラマトゥルギーですね。
その後も、プロかアマかを問わず、機会を見つけては観能しましたが、必ずしも

    熱心なファン

ではありませんでした。
能役者さんや囃子方のお名前を覚えることもあまりありませんでした。
耳の問題が起こってからはやはり能楽堂からも遠ざかり、このところはご無沙汰していました。
狂言風オペラ「フィガロの結婚」で

    赤松禎友さん

が奥方を演じてくださるのがとても楽しみで、稽古でも一番真剣に拝見したのは赤松さんだったかもしれません。
今、また、能への興味が再燃しています。
できるものならまた行きたいです。
難しいかもしれませんが。

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敬語は必要 

学生はまじめです。
教員の立場から「今の若者は、言葉遣いが悪い」などと言われたくないのです。
敬語の話を私がした場合、「そんなこと覚える必要はない」「堅苦しい」「めんどくさい」などという学生は皆無、たいていは「私も使えるようになりたい」と言うのです。
彼女たちには十分な下地、素養があります。要は導き方。
彼女たちの敬語で一番できていないのは

    謙譲語

です。「申し上げる」「拝見する」「いたす」「おる」の類です。
それを指摘しただけで、ハッと気がついてくれます。敏感です。
こんなことを言った人がいます。
言葉遣いの悪いのは不快。でも、よくないとわかって言っているのならまだかまわない。
目上の人に敬語を使わないのは見苦しい。だからと言って他人に対して、自分の上司について敬語を使うのはおかしい。
やたら略してものをいうのは品がない。
会話と書き言葉では敬語も別。

今でも通用する考え方だと思うのですが、実は、1000年前に

    清少納言

が言っていることなのです。
こういう話をすると、学生の目がパッと輝きます。
「そうか、清少納言も言ってるのか、昔から変わらないんだな」と気づくからです。
やはり「枕草子」は偉大な古典なのです。
私は敬語の専門家ではありませんが、こういうアングルから敬語の話をするとことはできます。
とにかく、学生の役に立ちたい。正直なところ専門外の授業はしんどいのですが、その気持ちだけを支えに、もう少し頑張ります。

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